私が40年ほど前の小学5年生ぐらいだったでしょうか。年の離れた結婚していた姉の夫、つまり義兄が大の浜田省吾さんファンでした。家に遊びに行くと部屋のドアに「SHOGO HAMADA」の大きなシールが貼ってありました。小学生ながらに、余程のファンなのだと思っていましたが、私には当時どんな歌を歌っている歌手なのかも知りませんでした。
ある時から、その姉夫婦から小さい甥っ子の夜の子守リを頼まれました。浜田省吾のコンサートに行くとの話。私は素直に引き受け、それから数年時々の浜田省吾コンサートのための子守りを引き受けていました。
義兄は浜田省吾さんが、まだライブハウスで活動している頃からのファンでした。
ただ私はまだ小学生で、小さな子どもの子守りは簡単ではなく、だだはこねるは、おもらしはするは時には自分が歯が痛い時の子守りもあり、泣きながら留守番をしていた記憶があります。ある時は留守番開始から間も無く姉夫婦が帰宅した時があり、コンサートに行ったけど、浜田省吾体調不良のため中止にりなったと帰ってきました。当時は中止の連絡方法もなく、当日会場まで行って帰って来るという時代でした。
時は過ぎ、私も少しずつ浜田省吾の歌を耳にするようになり、自分が社会人となり、何気なく姉達が好きだったから私も行ってみようと渋谷での浜田省吾コンサートに初めて行きました。そこから今まで、今度は私も大ファンになり、時には姉夫婦と一緒にコンサートへ行くこともありました。
私が大人になり、私の小学生時代の甥っ子達の子守りの話しになると、あの頃は子供が小さく、夫婦でコンサートへ行くには誰かに留守番を頼むしかなく、しかし、義兄の両親に頼むわけにもいかず、私にやむ無く頼んでいたということ。
当時を振り返ると、生まれた子供の子育てで、夫婦2人出かける時間などなく、唯一2人が心置きなく楽しめたのが、浜田さんのコンサートだったのだと思います。
「星の指輪」を聞くと、姉夫婦のことと、私の小学生の時の子守りの時から今までの長い浜田さんとの思い出が私の人生の中で蘇ってきます。姉夫婦のように自分も子供を持ち、同じように1年に1回、必ず浜田さんのライブに行くことが今の私の励みになっています。
昔はコンサートと言っていましたが、今はライブの方が通じる感じ、コンサートという話は時代を感じさせるなとも感じます。
そんな私にとっての人生の励みを与えてくれた姉夫婦には感謝しています。私は幼少に母を亡くし、姉達が母代わりに面倒を見てくれたから生きてこれたと思っています。
この曲はそんな感謝の気持ちと、浜田省吾ファンになった姉夫婦と自分の思いが沢山詰まっている曲なのです。
今は私の高校生になる息子がギターで浜田さんの曲を弾き語っており、その姿を見ると熱い思いがします。
私にとって、この曲は、浜田省吾さんが私の人生でどんな時も寄り添ってくれていたことを思い出させてくれる大切な歌なのです。
レオンマム
2024/08/01
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