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自分が働き始めたときによく聴いていた曲で、辛い時期によく励まされた曲でした。
去年のアリーナツアーでセンターステージ一発目にこの曲が来た時にはもう色々な感情が押し寄せてきて大興奮でした!
あれから今までほぼ毎日聴いています(笑)
またコンサートで披露してくれるのを楽しみにしております!
けちーややけーち
2024/08/04
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浜田省吾さんのことは全く知らなかった
当時、高校2年生だった私浜田省吾さんの大ファンだった友達が、放課後教室にラジカセを持ち込み、浜田省吾さんの曲を無理矢理聴かされ、その曲の感想を勝手に言い、私が隠れてもラジカセを持って走り回る友達
間違えて歌うと急に赤ペン先生になり「ここが違うよ!」と…全く興味がなかった私は、その日から地獄のような放課後が始まりました
しぶしぶ聴いてると「どんなに辛い思いをしても彼を一途に想う気持ち」に感動した『散歩道』
この頃から少しずつ浜田省吾さんの曲を聴くようになり、今では彼女以上に大ファンです
その友達に感謝してますよ
凛
2024/08/04
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「I am Fateher」のシングルが発売された3日後、長男が生まれた。当初長男に付ける名前が決まっていた(決めていた)ただ、生まれると昔からの夢だった「SHOGO」と名前を付ける思いが沸き上がり、止めることが出来なくなった。結果、付ける名前を変更して、SHOGO (省吾の「省」の字は別の違う漢字をあてた)」と名付けた。
「I am Father」を聞くと、長男が誕生して、この自分も父親になったんだ。と強く思った事。名前を「SHOGO」と名付け変えたた事が思い出される。
ちなみに、長男が小学生高学年になった時「SHOGO」という名前はどうだい?」と一度だけ聞いたことがある。返事は「うん。好き」と返って来た。
ペンとパン
2024/08/04
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
自分は浜田さんのアルバムの中でMY FIRST LOVEが1番好きなのですが、その中でもやはりタイトル曲にもなっているこの曲が1番お気に入りです。
この曲の歌詞ですごい好きなフレーズがあって、
「ドーナツ盤に刻まれた3分間の物語(ストーリー)
少年と世界を繋いでた」
ここを聴くと浜田少年が熱中していた光景から当時世界中の人たちが同時に熱中していた光景に世界が広がっていく感じがとても好きです。
ほかの曲を聴く時も(ドーナツ盤ではありませんが)世界中に同じ曲聴いてる人いるのかなぁ、と想像するようになりました。
去年のコンサートでこの曲のラスサビあたりで浜田さん達が入場していたのがとても印象に残っています。