20代前半で就職し、当時、交際していた彼女と僕は、
遠く離れた別々の場所に就職しました。
当時は、今のようなスマホも携帯電話もなく、
寮住まいの僕が話すには、
公衆電話しか手段がありませんでした。
そのために、一番高いテレホンカードを買い、
夜になると、空いている公衆電話を探し回りました。
そして、ようやくたわいない会話ができたとしても、
2、3分の毎日が続きました。
そんな毎日を繰り返していたものの、
新採で安月給の身には、
彼女が住む街を訪れるために買った車のローンもあり、
仕事には、なかなかなじめず、
就職後の1年で会ったのは、
それぞれが住む街を訪ねた1回だけでした。
会いたくても会えず、
ゆっくり話したくてもろくに話せず、
仕事のストレスも重なり、
次第に僕は、ささいなことで彼女に当たるようになっていました。
そして、そんな僕に嫌気が差した彼女は、
僕に別れを告げました。
彼女の目の前には、僕よりももっとふさわしい男性が現れていたのです。
せめてきちんと別れようと、
彼女の住む街を訪ね、
指定された喫茶店で待ち合わせました。
でも、彼女は、現れず、
店の電話で呼び出されて出ると、
彼女は実家に向かっていました。
途方に暮れて自宅に戻った僕は、
自傷行為に走りました。
でも、最後の最後で
その勇気が持てず、
泣くことしかできませんでした。
毎日、仕事が終わると寮に帰り、
何を聴くでもなく、
ラジカセでラジオをぼんやりしながら聴いていました。
そんな毎日が続いていたある日、
NHKのローカル放送局の番組に
浜田省吾さんがゲストで出演され、
ニューアルバムの「愛の世代の前に」から
何曲か紹介されました。
そして「ラストショー」が流れたとき、
歌詞の情景と自分の想い出がリンクし、
僕の目からは一気に涙が溢れました。
アルバム「愛の世代の前に」を買い求めると、
カセットテープにダビングし、
何度も何度も「ラストショー」を聴きました。
やがて時がたつとともに
僕は、それまでの自分の愚かさを冷静に振り返ることができるようになりました。
そして、愛する人を2度と悲しませまいと心に誓いました。
今の自分があるのは、
あの日、あの時、偶然、「ラストショー」を聴いたからだと思っています。
そして、浜田省吾さんのコンサートに行けるときは、
必ず出掛けるようになりました。
今でも僕は、
「ラストショー」を聴くと涙腺が緩んでしまいます。
そして、コンサートに行ったときに聴いたときは、
隣にいる妻には分からないように
目にいっぱいの涙をためながら口ずさんでいます。
古屋敷青葉
2024/08/01
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