Satoshi Nakazawa

小学5年生の僕は 兄の影響で省吾を聴き始めた。 とにかく、コーラスとサックスがかっこよく、これまで聴いていた歌謡曲とは全く違う音楽に 心を奪われてしまった。 でも、使われている歌詞の意味がなかなか分からないまま口ずさんでいた。 中学生になった僕は 勉強が嫌になり、塾をサボるようになる。 塾に行っているふりをして 友達の家に屯するようになる。 でも、やがて友達の母親に嫌な顔をされるようになり、行き場をなくした僕は 夜道を歩きながら、省吾の音楽をウォークマンで聴きながら、時間を潰すようになった。 暑い日も寒い日も雨の日も 塾に行っているふりをして 時間を潰し、終わった時間を見計らって 家に帰る日々。 どんどん成績は下がり続けた。 ある日の夕食時 父親が語り始めた 父は早くに父を亡くし 母(私からみた祖母)が女手ひとつで 子ども4人を育て上げた。 給食費も滞納し、みんなの前で お金も払わず給食を食べてるやつがいる。と学校の先生に暴露された経験もあり、給食の時間が苦痛で仕方なかった。 それでも祖母は、父を高校に通わせたいという思いで、必死に働いた。 その思いは嬉しかったけど、とてもじゃないけど高校に行けるようなお金がないことを知っていた父は、働きながら通う、定時制の高校を自分で見つけた。 16歳のときから、朝早く電車に乗り 大阪まで通勤し、仕事を終えたあと 京都の定時制の高校に通い遅くまで勉強する日が続いた。 そうして、その高校でであった母と結婚することになる。 そんな思い出を話しながら 父は言った。 俺のような苦労はさせたくない。 どんなことでもするから、大学まで進学してほしい。まずは、高校に言って欲しいし。 と静かに言った。 父は僕が塾をサボって街を歩いていることを知っていた。 省吾の「勝利への道」を聞いたとき、鮮明に映像としてこの歌が心に入ってきた。 歌詞の意味が、心にスッと入った瞬間だった。 自然と涙がこぼれた。 通っていた塾をやめ 新しい塾を自分で見つけ 1から頑張り始めた僕は 無事、高校に合格。 大学にも進学し、今、学習塾で働いている。 あの頃の僕とよく似た中学生に 努力は報われる できない人間などいない 勝利への道を一緒に歩こう と伝える日々だ。

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