省吾兄ちゃん

あれは僕が28歳の頃でした。 僕が働いている会社に一人の女の子が入社してきました。 彼女は体に障害があるということで、職業安定所からの紹介で入社してきたのです。 僕も体に障害があり右足は義足をつけての生活をしています。 彼女は幼い頃から耳が不自由で難聴ということでした。 当然、会社での会話は手話や筆談で行っていたようです。 話す声ははっきりしてて言葉もわかりやすかった。 1か月くらい過ぎた頃、突然あの子から「今度の土曜日に 聴覚障害者達のパーティーがあるので来てもらえませんか?」と、誘われたんです。 でも僕は「手話できないよ」と言ったんです。 「大丈夫!私が通訳するから」と、なかば強引に行くことになったんです。 パーティーと言うよりも交流会みたいな感じでお互いの近況を伝えるみたな感じでした。 食事も終わり帰りは僕が車で家まで送ることになり、そこで彼女から思いもよらない言葉を聞かされました。 「会社で見るあなたのさわやかな笑顔が好きになったので、私と付き合ってください」という言葉でした。 「ホントに僕でいいの?」 「あなたはいつも誰にでも優しいから、笑顔も素敵だから」ってことでした。 お互い重さは違っても体に障害を持つもの同士だから分かりあえると思ってしばらく考えたうえでOKの返事を出しました。 それからというもの、毎日が楽しい日々が続きました。 そのころテレビ番組で酒井法子さん主演の「星の金貨」というドラマが放送されていて、その主題歌の「碧いうさぎ」が手話付きで酒井法子が歌ってるのを見て凄く感動した。 それからというも彼女の為にも手話を覚えようと、今、日常に溢れているものすべてを手話で伝えられたら素敵ことだろうと思い本気で手話を覚えはじめました。 まずは、指文字で50音順の「あいうえお」から覚えていき、朝の挨拶、お昼の挨拶、夜の挨拶、たくさんの手話を 覚えていきました。 一つ一つ覚えるたびに喜んでくれて、お互いに筆談ではなく 手話で話せるまでになっていました。 それから二度目のデート夜二人は結ばれました。 そのとき、彼女の体にたくさんのアザがありました。 聞くと、実は彼女はバツイチで前の旦那から毎日のようにDVを受けていて、名古屋から逃げ出すように、実家に戻ってきたらしい。 それを聞いて俺が守らなきゃという気持ちになった。 その後、僕の誕生日に浜田省吾さんの「青空の扉」というアルバムをプレゼントしてくれて、その中にある「彼女はブルー」という歌を聞いたときに、まるで彼女のことみたいだなって思い、この歌を手話で伝えてみようと一生懸命覚えました。 彼女はすごく喜んでくれてました。 しかし、楽しかったときも時間が経つにつれて次第に薄れていき手話でケンカもするようになり、「あんたの手話わからん」とまで言われるようになり、僕は僕でそこまで言われてイライラがたまっていき、とうとう最後には僕も彼女に手をあげてしまってた。 そして、彼女は会社を辞めていき、最後の手紙でもう逢えないので連絡しないで下さい。 とだけ書いてありました。 あれから28年経った今でも彼女はブルーを聴くと手が勝手に動いてしまいます。

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