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1984年(昭和59年)2月19日。
40年前のこの日、私と家内は初めて浜田省吾さんの「ソロ・コンサート」を観ました。
(私はその10年前に、吉田拓郎さんのバックバンド「愛奴」のメンバーとして浜田さんの姿を拝見したことはありますが、残念ながら浜田さんに関する記憶はありません。愛奴のメンバーには現在も浜田さんを支えるギタリスト&サイドボーカルの町支寛二さんもいました。)
『ON THE ROAD1983』と題されたツアーの最終日。浜田さんがNHKホールを初めて使ってのライブでもありました。

その日の昼間、イベント会社に勤務していた私は、東京郊外で開催された「青梅マラソン」のゴール付近で関連イベントの運営をしていました。「青梅マラソン」は、マラソンとは名がついていますが走る距離は30キロで、正式な42.195キロよりは短いレースです。参加者は13000人以上いて、1時間半でゴールする花形選手がいる一方、いつまで経っても帰って来ない参加者もいました。
私がイベントの片付けをしている時、一人の男性がよろよろとゴールに走り込んで来ました。スタートからほぼ4時間の経過です。
頑張って完走した男性を、ゴール付近にいた人たちは暖かい拍手で迎えました。
男性は30代後半、いや40代かもしれません。髪の生え際も後退していて、とにかくフツーの中年おじさんでした。男性のもとに、同世代と思われる女性と、小学生くらいの男の子が駆け寄り、女性が「おかえり」と言ってタオルを、男の子が水筒を手渡していました。
男性は汗を拭き、水筒の飲料をゴクゴクと飲み込むと、ランニングウェアの下から巾着のようなものを取り出しました。
その中から小さなものを引っ張り出し、「結婚して3人で暮らそう!」と叫ぶように言いました。どうやら、手に持っているのは指輪のようでした。
女性は声にはならないのか、うんうんと、何度も何度も頭を下げていました。
指輪を出してプロポーズする……テレビドラマでは、洒落たレストランで着飾った男女が演じるようなシーンです。しかし、そこにいるのは汗まみれの中年のおじさんとおばさん、そして男の子です。
このベタな展開に、ゴール周辺にいた全員が「感動」していました。男女二人に子供、どんな事情があるのかはわかりませんが、全員が心から祝福していました。
しばらく間があった後、先ほどの何倍もの大きな拍手が起こり、「おめでとう」の声がかかりました。そして、何人もの人が泣いていました。
私の頭の中では、浜田さんの「愛しい人へ」が鳴り響き、涙が溢れ出てきました。
私は、持参していたカセット・ウォークマンから『Sand Castle』の入ったテープを抜き出し、袋に入るだけイベントの粗品を詰め込みました。そして、袋を男の子に、カセット・テープを男性に渡しました。
「最後に入っている曲を二人で聴いてみて下さい。日本一のラブ・ソングが入っていますから。私からの、お祝いです」

この日、私は「あること」を決めていました。
それは、今日のライブで浜田さんが「愛しい人へ」を歌ってくれたら、「彼女」にプロポーズしようということ。
でも今日のあの「新しい家族」を見て、気持ちが変わりました。浜田さんが特定の曲を歌うか歌わないかで自分の行動を決めるのは、なんだか卑怯な気がしたのです。
あの男性は走ることに慣れていないようでした。それにもかかわらず、あの年齢でとにかく30キロを走り通したのです。立派としか言いようがありません。
私には30キロ走る勇気も気力もありません。実は、私の父は箱根駅伝の選手として登りの5区を2年続けて走ったランナーでした。私、不祥の息子です。
あそこで死力で走っていなければならないのは私だったのではないかと思うと、情けなさに涙がまた出てきそうです。
……とにかく私は、いや私も、今日はプロポーズすると決めました。

さて、初めての浜田省吾さんのライブ、とてつもなく素晴らしいものでした。
歌唱力、音響、楽曲のクォリティの高さ、ベストな選曲、素晴らしいバンド、素敵なセット(60年代のアメリカの街!)……ロック少年の私は高校時代からかなりの数のライブを経験してきましたが、文句なしに私史上NO1でした。
隣に座った「彼女」は、何度「カッコイイ!!」と呟いたことか。
アンコールはロックンロール・ナンバーで盛り上がり、これで終わるのかと思っていました。
残念ながら「愛しい人へ」は演らなかったけど、大満足のコンサートだったな……と。
再度のアンコールで浜田さんが登場し、観客に感謝の言葉を伝えると、あのイントロが流れてきました。
『Sand Castle』バージョンの「愛しい人へ」です。
最後の最後に、浜田さんは「愛しい人へ」を歌ってくれました。
気がついたら、彼女と手を繋いでいました。
そして、気がつく前に、涙が流れてきました。

一緒にコンサートに行った仲間6人で食事し(全員、初浜田に大興奮でした)、二人になって渋谷の街を歩きました。
彼女に青梅マラソンでのことを話しました。「何だか、良い話」と言ってくれました。
私は興奮気味に話し続けました。
「で、その男の子に粗品入りの袋を渡したときに、特に意味もなかったんだけど『名前はなんていうの?』と聞いたら『ショウイチ』だって。惜しい!って感じじゃない? これで名前が『ショウゴ』だったら出来過ぎ。だって『イチ』と『ゴ』だよ、4つ違い、惜しい! ……やっぱウチの子は『省吾』だよね?」
そこで彼女は立ち止まり、私をじっと見つめた。
「その意見には賛成。省吾で決まり。……でもその前に言うこと、あるでしょ!」
……これで私たちの結婚は決まった訳ですが、妻となった「彼女」は、ずっと「私は、プロポーズの言葉、聞いてない!」と言い続けています。
もちろん私は「言いました!」と答え続けているのでした。

私たちの39回目の結婚記念日当日に発売される浜田さんのライブ映像『ON THE ROAD 2023 Welcome back to The Rock Show youth in the “JUKEBOX”』には、「愛しい人へ」が収録されています。
日本語で歌われた最高のラブソング「愛しい人へ」の、『PROMISED LAND』『Sand Castle』に続く3つ目のバージョンが、結婚記念日を祝福してくれことになるのです。

(おまけの話・その1)
残念ながらと言うか、私たち夫婦には男児は授からず、「省吾」の命名は叶いませんでした。
女児二人には、浜田さんの別の曲のタイトルから命名しました。

(おまけの話・その2)
あの1984年のNHKホール以来44回浜田省吾さんのライブに参加しましたが、浜田さんが「愛しい人へ」を歌ってくれたのは7回! 「愛しい」率は15.9%です。

さなぎペンギン 2024/08/09
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