Smile

<傷心から陽のあたる場所へ> Privateな時間にどんなことが起きようと それが たとえ 息をする方法さえ分からなくなるほど 心を締め付けるものであったとしても いざ 出勤の朝が来ると  何事もなかったかのような顔で出社し 笑顔で一日仕事をこなす。 点滅しかけた青信号を慌てて渡りきるサラリーマンも きれいにMake upして 流行のマニキュアとミュールでぎこちなさそうに歩くOLも それはきっと一側面に過ぎず 心の中には 寂しさや悲しみをいっぱい持っていたりするのだろう。 時間のみが 私の背中を押して 私を会社へ連れ出す朝と それを終えて迎える途方もない夜の繰り返しの中で それでも 確実に時は進んでいく。 私は 舗道に敷かれた正方形の石の上を コツコツと音を鳴らしながら歩くハイヒールを見つめて 毎朝 同じことを 自分の中で問いかけていた。 - 私はいったい 何を望んでいたのだろう 傍で見てきた彼と彼女の暮らしが ただ 場所を変えるだけのことに 何故 そんなにうろたえるのか 彼女との仮の暮らしが 「結婚」という形態に変わる事への 恐れなのか 「今」しか見ないと言いながら どこかで私も その「先」を期待していたのか それとも 彼は 誰とも結婚しないのだと いつのまにか 自分勝手に決めていたのか – とにかく 出来るだけ早く 彼の傍から離れなければならない。 そう思えば思うほど 益々 彼の中へ心が入り込んでいく。 この矛盾する想いが 同量のバランスで私の身体を二分する。 どうにもならない自分の心が 自分自身を苦しめていた。  梅雨明けを思わせるような 初夏に似たある日 そろそろ退社しようとした私に  突然 彼から電話が入った。  「今日は仕事何時まで?   よかったら ちょっと会おうよ」 電車通り沿いの喫茶店の2階で待ってると彼は言った。 堂々と明るい時間帯に喫茶店で待ち合わせをするなんて デートらしくていいなあと思った。 会社のビルを出ると 心地よい風が吹いていた。 彼は窓際のテーブルで 煙草を吸いながら 外を見ていた。 私は咄嗟に 胸に抱えた問題を飲み込んだ。 彼と会うこの時間を その問題で費やす必要はないと思った。 これは私自身の問題なのだ。 どうしたいのかは 私自身が決める問題であって 決めたからには  誰のせいでもなく 私が私自身に下した決定なのだ。 私に気づいた彼は 「元気だった?」と微笑んだ。  「うん。元気だったよ。   ちょうど今、お盆帰省の発売時期で 仕事はハードだけどね」 お互い 仕事の話や 最近読んだ本の事 感動したドラマの事などを話し、 時折 お腹を抱えて笑い転げたりした。 話がスムーズに繋がるほどではなかったが、しばらく会えなかった時間が 言葉を失くしたあの日の二人を 少し元に戻してくれているようだった。 話題と話題の切れ間には 外の電車や行き交う人に目をやって 隙間の時間をも  安らいだ気持ちで楽しんだ。 何度目かの その途切れた時間の時だった。 彼の言葉が唐突に しかし 意を決したかのような落ち着きを伴って  私の耳に入ってきた。  「俺 最初は 一人で東京へ行こうと思うんだ。   それに すぐってわけじゃなくて 1か月くらいはまだいるから」 一瞬 耳を疑った。 同時に 胸に痛みが走った。 彼は このことを伝えようとして 今日 私を呼び出したのだ。 飲み込んだはずの問題が体中に出てきている。 彼女との東京行きを聞いて以来 ずっと このことばかりを考えてきたことが 一目瞭然 バレてしまうほど 鼓動は速さを増していった。 いや この時ではなく とっくに 彼は私の心を見透かしていたから  彼もあの日以来 この事を考え続け 今日 ここに 私を呼び出したのだ。 愛には形がない。 だけど 今の彼に出来る 精一杯の答えを出して 私への気持ちを表現してくれているのが 痛いほど 解った。 彼女が彼に付いて行かないと言ったわけじゃない。 ただ 時間がちょっとズレるだけで いずれは 生活を共にするのだ。 起こりかけている現状だけを ひとつひとつ追えば 私のしていることは 未来のない 非生産的なことばかりなのかもしれない。 陽の当たる場所と、その影と・・・。 心配した別の友達が わざわざ会社へ電話をかけてきて “彼とうまくいってる?”と聞いたことがある。 どうも 彼と彼女が 腕を組んで歩いているのを見かけたらしかった。 “大丈夫だよォ!”と元気に答えると “とてもスタイルが良くて きれいな人だったよ”と付け加えてくれた。 遠回しに“やめときなよ”と言ってくれているのがわかった。 私の返事も 強がりに聞こえたのかもしれない。 倫理とか 世間体とかじゃなく 自分の気持ちに 素直になろうとすればするほど 傷つき 傷つけてしまう心。  🎵 僕のもう一つの 愛の暮らしに     触れないように    もしも この愛に 形があれば     省吾の声が 彼の痛みと重なった。 翌日から また私は いつもと変わらないひとりの朝を迎え  いつもと同じ顔で 会社へと向かった。 舗道に敷き詰められた 正方形の石を踏みながら コツコツと鳴るハイヒールのかかとの音を聞きながら そして 同じ問いを 自分に投げかけながら… - いずれ 彼の傍を去らなければならない日がやって来る それならば 少しでも悲しみが これ以上深くならないうちに 今 終わりにしたほうがいいのだろうか。 それとも もっと強い痛手を覚悟で その日が来るのを待った方がいいのだろうか。 どちらを選択しても 一度はぼろぼろになることは解っていた。 だったら 敢えて 今 無理に  その状況を自分で作る必要はないのではないか… - 今の私は まるで10㎝巾ほどの高いブロック塀の上を 危なげに歩いているようだ。 だけど 何かの瞬間 足を踏み外して 右に落ちるのか 左に落ちるのかは 私の決められることではないような気がしていた。 でも どちらに落ちても また そこから必要な事態が展開されていくような 不思議な安堵感を伴った気分だった。 この日の朝 静かな水面に ポトンと小石が落ちるように 答えが出た。

投稿されるユーザーについては、利用規約に同意したものとみなします

KAGOME

感情の描写や、表現力とても素晴らしいです。

sugar

Smileさんのどの投稿を見ても、震えるような気持ちが伝わってきます

はぁーさん

Smileさんの心揺れる感情が切ないほど、伝わります。

zappi-kun

to be continued 思いっきり焦らされてます この先にどんな展開が待っているのか… 期待大大です