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浜田省吾

家路を好きになったのは割と歳を重ねてからだ。
多分、三十代の頃は一番好きな曲ではなかったと思う。
いつの間に好きになったのか今では思い出せないがライブで家路のイントロが流れようなものなら涙腺崩壊である。
なんだろうかあの感情は。

ところで、これも割と最近になって趣味になった事なのだが週末によくアートギャラリーに行くようになった。美術館のようなものではなく小さな会場で割と気楽に入れる類のものだ。大概は無料で場合によっては作家さんと会話も出来たりする。作家はなにを考え絵画や写真やオブジェを創作するんだろか。素人ながらに考えを巡らせ作品に向き合ったりするのが最近の楽しみだったりする。

そんな先日、
とある油絵の展示が行われているギャラリーを訪れた時のことだ。作家が北米を旅した時の記憶をベースに描いたという作品は明るい色合いの風景や人物画が展示されていたのだが、その中で会場の一番目立つ場所に大きな風景画が置かれていた。資料によると1167mm×910mmというから中々の迫力である。
こんな構図だ。

空は暗くなりかけた青、右上には微かに残る夕焼けの赤、
荒野の真ん中には一本の道路、下から上に続くその道の先は遥か遠く地平線と接する。。。
こ、これは、まるで家路じゃないか。

他にも沢山の作品が展示されていたのだが、私はその作品の前から動けなくなった。ずっと見ていた。そして考えを巡らせてみる。ここでは絵画そのものではなく家路の歌詞について考えてみた。

好きな曲だが改めて考えると不思議な歌詞だなと思った。空とこの道が出会う場所は実際にはあり得ない。どこまで行っても接しない。でも、そこに向かって歩き続ける。強い意志を持って。でもそれがなぜに家路なのか。家路って帰る道じゃないのか。前に進む道をなぜ家路というのか。

気が付くと後ろに作家の方が立っていた。
私は聞いた「この赤い空は夕焼けですよね」
「そうです」と作家。
「私の好きな歌にこの絵と同じような情景があるんです」
作家は自分と同年代だった。もしかしてと思い
「浜田省吾の家路っていう曲なんですが…」

残念ながら作家の方は音楽には詳しくなくてと言いながら
存じ上げずと困った顔をして答えた。そして、おそらくは
リップサービスだとは思うが今度探してみますと言った。
作家がネットで家路を検索するかどうかは分からないが
浜田省吾ファンがこの絵画を見たら、誰がどう見たって
これは家路だ。

作家さんが家路の歌詞に辿り着くといいな。
そんな事を考えながら今このテキストを書いています。
もしかして実はファンクラブ級の大ファンなのかも、
そんな事も考えながら。

ユキシン 2024/09/02
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