浜田省吾
7泊8日で本州を一周する船で行われた研修。その最終日の朝、ベッドサイドのスピーカーから流れてきたのが『もうひとつの土曜日』だった。
前日の夜、フェアウェルパーティーを抜け出し、デッキで語り合った彼のことを想い、眠れない夜を過ごした私は、まるで自分のことのように感じ、次に流れてきた『傷心』が終わるまでじっと耳を傾けていた。
それが私と浜田省吾さんの歌との出会いだった。
1週間前、私はワクワクした気持ちで船に乗り込んだ。4 月から始まった社会人生活は思い描いていたものではなく、現実の厳しさに打ちのめされそうになりながらもなんとか毎日を過ごしていた。
そんな中、夏に行われる船での研修は海のない県で育った私にとってとても魅力的だった。しかも使われた船は一目で見渡せないほど大きく、美しい船だった。
しかし、晴海埠頭を出た船がまだ東京湾も出ないうちに私は強烈な船酔いに見舞われ、ベッドから起き上がることもできなくなった。
彼と出会ったのはそんな私がなんとか歩けるまで回復した、最初の寄港地北海道で見学地に向かうバスの中だった。
やっと動けるようになった私に周りの人は優しかった。体調を気遣う言葉が次々にかけられた。
しかし、隣の席に座った彼だけは違った。開口一番『消えていた人』と言われ、カメラのフィルムを自分で入れられずにいた私に、『自分で使えないものを持ってきても無駄』といい、フィルムをさっと入れると使い方を丁寧に説明してくれた。そして、私が受けられなかった研修内容もわかりやすく説明してくれた。
そんな彼とは僅か1日しかない寄港地活動でのバス移動で隣の席になることが重なり、私にとって気になる存在となっていった。
しかし、研修は厳しく、朝6時から始まり、課題に追われ寝る時間は毎日3〜4時間という生活の中、私は自分の気持ちについて考える余裕はなかった。
僅か1週間での出来事。いつもとは違う生活で気持ちが昂揚しているだけでこの研修が終われば元の生活に戻るだけだと自分では思っていた。
そして最終日。浜田省吾さんの歌を聴いた瞬間、自分でも整理がつかなかった自分の想いに気づくことになったのである。
その想いを抱えたまま、約束も何もせず2人は船を降りた。
しかし、その後縁あって遠距離恋愛を実らせ今に至っている。
あの時、曲名も歌手もわからず心に刻んだ曲は彼が大好きな歌手の曲だった。その後教えてもらって買ったアルバムは何百回も聴き今でも彼が買ったアルバムとともに並んでいる。
海想
2024/09/02
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