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1989年まで省吾さんのことは知りませんでした。「浜田省吾」の存在を知ったのは、当時好きになった人が周りの人から浜田省吾に似ていると言われていたからです。私は浜田省吾、誰?どんな人?でした。それで雑誌で調べて見ました。写真を見てカッコいい人だなと思いました。
確かにサングラスをしている彼は髪型も同じようで省吾さんに似ていました。
3ヶ月くらい一緒に遊んだでしょうか。その彼が東京を離れ、沖縄に行き就職してから、省吾さんが深く関わってきました。でもまだ、省吾さんの歌は聴いていませんでした。当時お店のお客さんでアマチュアバンドをしている人から自作自演のカセットテープを貰いました。その中に「もうひとつの土曜日」が入っていました。
私は省吾さんの曲を知りませんから、その人が作った歌と思い、曲もいいし、声もいいと思ったものでした。後に、それが省吾さんの曲と知り、いいのは当たり前!と思うのです。
それが省吾さんとの出会いでした。
その人は今jajaというバンドでプロになりました。そして私の片思いは続いています。おばあさんになっちゃう!でも、「誰がために鐘は鳴る」のアルバムを初めに、その時から今まで、ずっと省吾さんの歌と一緒でした。
浜田省吾さんを教えてくれた、今も沖縄にいるであろう彼に感謝です。
Elle
2024/10/31
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今から35年くらい前、当時付き合っていた彼女とは、高校時代に付き合い始め、お互いギターで弾き語りを楽しむ趣味を共有し、地元の誰も来ない山の中の隠れた神社の社殿に腰を下ろし、よくギターを弾いていました。
高校卒業と同時に、彼女は地元の看護学校へ、私は神奈川県の大学へ進学、遠距離恋愛の始まりでした。
4年間、週に一回くらい、近くの川沿いにある公衆電話に100円だまを数枚握りしめ、寮生活を送る彼女へ電話し、月一回くらのペースで彼女は、私のオンボロアパートへ通い、一晩過ごして帰るという、そんな日々を過ごしていました。
大学卒業後、私は東京の会社へ就職し、彼女は、地元で看護師として働いていました。
そのころ、18枚目のシングル『LONELY-愛という約束事』が発売され、そのB面に収められていた『もうひとつの土曜日』がすごくよくて、そのEP盤を彼女に贈りました。
そして、「地元へ帰ろう」「彼女のそばにいて、指輪を贈ろう」と心に決め、地元へ戻りました。
「子供の頃、君が夢見てたもの、叶えることなど出来ないかもしれない。ただ、いつも傍にいて、手をかしてあげよう。受け取って欲しい、この指輪を。受け取って欲しい、この心を。」
と、しかし数か月後、私の青春は幕を閉じたのでした。指輪も贈れず、なぜ彼女が去っていたのかもわからず。
あれから35年、こんな話をするなんて思ってもみませんでした。