ポンズ

「僕の声はよく浜田省吾に似てるって言われるから、浜田省吾の歌を聴いたら、僕のことを思い出してね」 カラオケで歌を唄った後に私の横に戻ってくると、彼は私の耳元でそう言った。 彼は生粋の省吾ファンだった。 ドライブでも、家でも、いつも省吾さんの歌がかかっていた。彼の歌う浜田省吾の歌は本人が言う通り、省吾さんの歌声のように甘く、とても上手だった。 洋楽ばかり聴いていたその頃の私にとって、彼がカラオケで歌う省吾さんの曲が私にとっての浜田省吾の歌声だった。彼は省吾さんで、省吾さんは彼だった。 夜中、家族が寝静まってから、父親の車で毎晩のように彼に会いに行った。彼の家は海の近くにあって、夜の海辺をただ手を繋いで歩くのが好きだった。 でも、別れてしまった。嫌いになって別れたのではなかったから、何日も何日も泣いて、気がついた時には彼の電話番号もメールアドレスも、彼の歌っていた省吾さんの歌も、彼の歌声も、みんな忘れてしまっていた。 でも、あの時彼のささやいた「僕を思い出してね」という言葉だけが、私の中に何かのしるしのようにずっと残っていた。 省吾さんの曲がラジオや街中で聴こえてくると、彼のことを思い出した。こんな声だったか、この歌は歌っていたっけ、この歌は聞いたことがあるっけ……。 その後、彼も私も、それぞれ別な人と結婚した。子どももできたと聞いた。もう何十年も会っていないしこれからも会うこともないだろう。でも今はもう悲しいとは思わない。それぞれ別な道を歩いてきただけだ。 ******* ある日、音楽が趣味の今の彼が「俺、浜田省吾も好きなんだよね」と言った。私はただ、不思議だな、と思った。 ちょうど省吾さんがライブをやるというので2人で行くことになった。 私はちょっと複雑な気持ちだった。省吾さんの生の声を聴いたら、私は何を思い出すのだろう? コンサートは、テンポの良い曲がどんどん進む。圧倒的な音と歌声に、ぐいぐい感情が揺さぶられる。省吾さんは昔と変わらない歌声を聴かせてくれていた。 聴いていると、いろんな気持ちが湧き上がってきた。それは例えばただ単に昔の彼を思い出すとか、そういう単純なことではなく、どんな会話をしたとかあの時ああ言えば何か変わったんだろうかとか、その風景や、風や、匂いまでも思い出せそうなぐらいだった。後悔や切なさや恥ずかしさとかで、胸が痛くなるような気持ちだった。でも省吾さんの歌声は、そういう想いをひとつひとつ手に取って丁寧に埃を払って、きれいな布にくるんでくれるような気がする。今までの人生が間違っていようと遠回りしようと、すべて肯定してくれるような優しい声。そしてそれは、浜田省吾唯一無二の声でしかなかった。 もう、省吾さんの歌はただ省吾さんの歌として聴けばいいんだ、聴いていいんだ、心にストンとわかったときに「ラストショー」が始まった。あのときの彼の言葉が、ピアノの前奏の音と一緒に、目の前で砕け散った。 泣きながら手がちぎれそうなぐらい振って、大きな声で一緒に歌った。 ************** 外は寒かったけど、温かい気持ちになってライブを後にした。 帰り道で見上げた夜空には、きれいな星が見えた。 歩きながら彼が言った。 「俺、昔すごい浜田省吾ファンの彼女がいたんだよね」 え? その話はまた別の曲に乗せて……。

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