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この曲の歌詞が、私に刺さったのはこんな偶然からでした。
中学2年の時、1人机に何かを書いているどこか寂しそうな彼女がいました。
彼女がいない間に何を書いていたのか
気になって机を見ると、
ラストショウの歌詞の全部が書かれていました。
見た時は誰の何の歌詞なのか分からないのに、立ち止まってその歌詞を最後まで目で追っていました。
彼女は、私にラストショーが入っているアルバムをカセットテープにダビングしてプレゼントしてくれました。
曲に載せて歌詞を聴いた時、私に衝撃が走りました。
あれから42年、彼女は私の親友で今でも毎年コンサートをエネルギーに替えています。
たくさんの曲に当時の思い出を重ねて語り合うのが楽しくて、いつも話が尽きないくらいです。
ラストショーは私にとって特別な曲になっていて、浜田省吾と真の友と出逢うきっかけをつくってくれました。
宮下 道代
2024/08/03
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息子が学校推薦を得て受験した高校 結果不合格だった。滑り止めの希望しない学校に行くことになった。一緒に入学式に参加した帰り道の車の中、後部座席に座っていた息子が泣き出した。悔しかったのだろう。中途半端な言葉をかけるよりと、HDDの「陽はまた昇る」を掛けた。「最後に笑えるように」の歌詞を伝えたくて。
その3年後の大学受験、高校受験と同じように第一希望に合格できなく、第二希望の大学 地方へ行くことになった。旅立つ日に「日はまた昇る」の「どの道を歩いてゆこうと… 最後には笑えるように」の歌詞を書いた便箋を入れた封筒を息子に渡した。どう受け止めたか分からないが、自分が感じたように 歌詞の言葉がこれからも前に進む力を与えてくれたら・・・と願っています。自分と息子の思いでの曲。つなぐ歌詞です。
ペンとパン
2024/08/03
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初めて聴いたのは18の夏のキャンプの夜でした。誰かが持ってきたラジカセから流れてきた曲。「今夜誰もが、、、、」のフレーズだけが頭に残り、帰ってすぐレコード店で探しました。タイトルを知らずお兄さんに歌って聴かせたことを思い出します。持ってきてくれたジャケットを見て衝撃! とても印象深いものでした。タイトル「約束の地」、キリスト教徒ではないのですが前から心に残っていた言葉でした。針を落とすと美しいオーシャンビューティ、からの、、アルバムは統一感があり、悲観的なことだけで無く、普通の市民の感情も込められていて浜田省吾さんの中でも一番好きなアルバムです。中でも「 My Honetown 」イントロから印象的。当時就職したばかりで、楽しいけれど大学に行った仲間たちとも途切れ、家付でもあったので相変わらずの親の目があり、鬱屈していました。瞳の中少しずつ死を運び込むよな仕事に追われてる 出てゆきたい!ここと違うどこかへ!そう感じていた頃。このアルバムから浜田省吾さんへ傾倒してゆくのです。省吾さんの曲はみんな好きで、それは唯一のアーティストです。出会いの曲です。リアルで聴けた時の感動!何年経っても色褪せない。名曲は沢山あって、でも私の中での一番は「 My Hometown 」なのです。
レオ
2024/08/03
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初めて聴いたのは18の夏のキャンプの夜でした。誰かが持ってきたラジカセから流れてきた曲。「今夜誰もが夢見ているいつの日にか この町から出てゆくことを」のフレーズだけが頭に残り、帰ってすぐレコード店で探しました。タイトルを知らずお兄さんに歌って聴かせたことを思い出します。持ってきてくれたジャケットを見て衝撃! とても印象深いものでした。タイトル「約束の地」、キリスト教徒ではないのですが前から心に残っていた言葉でした。針を落とすと美しいオーシャンビューティ、からの、、アルバムは統一感があり、悲観的なことだけで無く、普通の市民の感情も込められていて浜田省吾さんの中でも一番好きなアルバムです。中でも「 My Honetown 」イントロから印象的。当時就職したばかりで、楽しいけれど大学に行った仲間たちとも途切れ、家付でもあったので相変わらずの親の目があり、鬱屈していました。瞳の中少しずつ死を運び込むよな仕事に追われてる 出てゆきたい!ここと違うどこかへ!そう感じていた頃。このアルバムから浜田省吾さんへ傾倒してゆくのです。省吾さんの曲はみんな好きで、それは唯一のアーティストです。出会いの曲です。リアルで聴けた時の感動!何年経っても色褪せない。名曲は沢山あって、でも私の中での一番は「 My Hometown 」なのです。
レオ
2024/08/03
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初めて聴いたのは18の夏のキャンプの夜でした。誰かが持ってきたラジカセから流れてきた曲。「今夜誰もが夢見ているいつの日にか この町から出てゆくことを」のフレーズだけが頭に残り、帰ってすぐレコード店で探しました。タイトルを知らずお兄さんに歌って聴かせたことを思い出します。持ってきてくれたジャケットを見て衝撃! とても印象深いものでした。タイトル「約束の地」、キリスト教徒ではないのですが前から心に残っていた言葉でした。針を落とすと美しいオーシャンビューティ、からの、、アルバムは統一感があり、悲観的なことだけで無く、普通の市民の感情も込められていて浜田省吾さんの中でも一番好きなアルバムです。中でも「 My Honetown 」イントロから印象的。当時就職したばかりで、楽しいけれど大学に行った仲間たちとも途切れ、家付でもあったので相変わらずの親の目があり、鬱屈していました。瞳の中少しずつ死を運び込むよな仕事に追われてる 出てゆきたい!ここと違うどこかへ!そう感じていた頃。このアルバムから浜田省吾さんへ傾倒してゆくのです。省吾さんの曲はみんな好きで、それは唯一のアーティストでした。出会いの曲でもあるです。リアルで聴けた時の感動!何年経っても色褪せない。名曲は沢山あって、でも私の中での一番は「 My Hometown 」なのです。
レオ
2024/08/03
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
私と三つ下の妹は共に50歳を過ぎてから省吾さんの大ファンになりました月に1度は休みを合わせカラオケに行きます全曲浜省歌いきり会。唯一の楽しみ6時間は当たり前です選曲で妹は毎回lamafatherは私が一番ねといい始まるや否やマイクを握りしめ泣きます6年前に他界した父を思い出して毎回です(笑)あなたの娘はこの曲を歌い今日も至福の時を過ごします今二人は人生を謳歌してると言えるでしょう🎵省吾さんに想いを馳せながら明日もカラオケ行くよ➰OH➰Yeah