この曲に寄せられたエピソード
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赤ちゃんが大好きで、助産師になった私。
結婚後すぐに待望の妊娠が判明。
「やったー!」って喜んだのもつかの間…稽留流産でした。
その後間もなくして2回目の妊娠が判明。
でもまたもや同じ結果(稽留流産)に…。
1回ならまだしも2回も続くとは。
そんな私は、単純に結果だけを求め不妊治療を始めました。
なんで?私が?流産?2回も?なんで!?
いつもそんな感情が私の心を支配し、気持ちの焦りとストレスから、夫とはささいなことで喧嘩が絶えなくなり、悶々とすさんだ日々を送っていました。
完全に私が悪いのに、夫には素直になれなくて気持ちを伝えられず…。
でも心の中では、良心の呵責に苛まれ、こんなことでいいの?私は何のためにこの人と結婚したの?こどもを生むためだけじゃないよね?こどもがいない人生でもいいじゃん…
そんな気持ちになってきていました。
ちょうどその頃、この「日はまた昇る」という曲がリリースされました。
初めて聞いた時はあまりにも自分の思いとリンクしすぎていて、号泣したことを今でもはっきり覚えています。
「どういう道を歩いていったとしても、私は私の人生を楽しむしかない。最後にちゃんと笑えるように」
夫と笑って過ごしていこう。完全に吹っ切れました。
私の人生において、いつも浜田さんがこんな風に並走して励ましてくれました。これまでも、きっとこれからも。
私にとっては奇跡以外の何物でもないのですが、この曲がリリースされて1週間後、3回目の妊娠が判明…。
そして先日娘は25歳になりました。
今では一緒に浜田さんのライブに参加しています。
ライブでこの曲を聞くと、26年前のあの時の感情が思い出されます。
夫と娘とともに人生を楽しんでいます。
kei
2024/08/29
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2011年に血圧下がり上が40という数値、救急搬送され、入院で精密検査などして治らない病気にかかりました。その時は血小板も少なくなって少量の出血でもあれば今現在この世には居ません。
医療関係者の懸命な処置のおかげで元気になりました。退院後毎月の採血検査になり、今は安定の為、普通に過ごしています。その時の省吾さんのコンサートには2回参加しました。いろんな歌が沢山ありますが僕は省吾さんの日はまた昇るの歌詞で、どの道を歩いて行こうと君は君のその人生を受け入れて楽しむ他ない最後には笑えるように。一生病気と共に歩んでいきますが、どんなに苦労や困難があっても最後には自分の人生が楽しかったって笑えて生涯終えるように頑張っていきます。
ちょっちゅね~
2024/08/23
結婚したら普通に子供は出来る物と思ってた私。友人からは子供が産まれた知らせの写真付きの年賀状が届き、不妊治療を開始するも、2度の流産で身も心もボロボロになりました。
夫の両親と同居生活なのに、病院に1度も見舞いに来ない夫の両親。
環境を変える事を勧められ、会社の社宅に入りました。
しかし、夫が、突然のリストラにあい、もう1度、夫の家に入る事になりました。いつも、厄介な事に見舞われて来る度に、この曲をお風呂で歌いながら、乗り越えて来ました。
コンサートで聞く度に、自然と涙が出てくるんです。