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20代の時に付き合っていた彼氏とよく、カラオケで二人で一緒に歌った曲です。なぜか最初から、ハモり、お互いこちらがメロディーだと言い張って(^^)でも自然にハモれるのが心地よく、よく歌いました
あっこ
2024/08/02
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結婚して19年、2人の子宝に恵まれ、気づけば子供も19歳と16歳になりました。この歌を聴いて親としての責任を知らされました。本当に良い歌です。正しく家族の歌です!
アチャネ
2024/08/02
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高校1年の地方都市でLIVEのオープニング。今夜、誰もが夢見ているいつの日にか、この街から出ていくことを〜♪が、ぴったりハマって!
しゅんすけ
2024/08/02
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当時、遠距離で付き合っていた彼女。
地元に戻り離れる事が、わかっていながら
押して押して付き合ったものの。うまくいかず。
この曲の想いが重なっていました。
しゅんすけ
2024/08/02
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大学時代、某都内にある最寄りの駅前のレコード店で「マインドスクリーン」をなんとなくジャケ買いしました。あまり作品に期待はしてかったのですが、下宿に帰り、早速プレーヤーに乗せ、針を下し最初の曲「子午線」が流れてきて…省吾さんのボーカルを聴いた瞬間、身体全体に寒気が走り、それ以来、省吾さんの大ファンです!好きな曲は数多くありますが、特に、親元を離れ、色々な意味で学生生活や将来事について、思い悩み、疲れ果てた時に下宿で聴いていた「家路」「君が人生の時」「終わりなき疾走」は自分の気持ちと置かれた状況がオーバーラップして忘れられない曲です。これからも元気でステージに上がる省吾さんを応援しています!!!
粕川一男
2024/08/02
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父の影響で曲を聴いていましたが周りに言っても知っている人はおらず。小学生のときに何で好きなの?という問いに家族が聴いているから、と答えててふとこれは本当に好きというのか?、と思い一旦距離を置いた時期がありました。中学生になり車の中で流れてたこの曲の歌詞に衝撃を受けました。「独りきりだぜいつもおれもお前も生きてるかぎり」は頑張れっていう直接的な歌詞より勇気をもらえるもので、私は浜田省吾さんのファンだと胸を張って言えるようになった大好きな曲です。
文月
2024/08/02
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
大学卒業後彼女は大阪で私は地元に戻り毎週末大阪まで来るまで彼女に会いに行っていました。2年ほどこのような繰り返しの日々が続きある週末今日は彼女に結婚を申し込もうと決意して出かけようとしたら車が故障で動かず「今夜町に出よう友達に借りたオンボロ車で海まで走ろう」じゃないけど兄貴に車を借りて大阪に向かいました。大阪の海沿いの高速道路をもう一つの土曜日を流しながら走り南港の防波堤近くで車を止めて彼女に「ただ傍にいて手をかしてあげよう」的な言葉で結婚してほしいと言って35年達ました。今私の横にいるのがその時の彼女であって今の妻です。妻も私の影響で浜省にドハマリして妻と娘2人、私の4人で大阪城ホールでコンサートがあるときは出かけています。あの時彼女に結婚してほしいと言っていなかったら今の家族は存在していないと思うと本当に大切な思い出の曲です。