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I am a father

浜田省吾 / 2005年

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Pickup Episode

一番共感されたエピソード

ここ数年で
姪っ子がお母さんに、
そして、甥っ子がお父さんになった。
姪っ子は、まだ小さい時、
トランプで負けると悔しがり、
姪が勝つまでやらされた💦
甥っ子は、幼稚園ぐらいの頃、
「チョコレート」と
言えず…「チョチョレート」と言い、
そんな事を思い出す。

私は、残念ながら、
子宝には恵まれず、
これもまた人生だなぁって思い
過ごしています。

みんな、初めてがある。
お母さん1年生、
お父さん1年生。
これからいろんな事があるだろう。
いろんな事に気付くだろう。
そこから学んで、
「前だけ見て進」んで欲しい。
1日、1日大事に。

KAGOME 2024/09/06
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この曲に寄せられたエピソード

(25件)
  • 2005年、この年は母が他界、その3ヶ月後に娘が産まれた年に発表されたこの曲。
    MCで浜田さんが言ってるように父や家族の歌でした
    歌詞に心震え、励まされました。

    ほまれパパ 2024/08/01
  • 父を思い出す曲。何をするにも無関心で淡白な父とヴァージンロードを歩く時に流しました。恥ずかしさで感謝は口に出来ませんでしたが、27年間育ててくれてありがとうと、心の中で伝えました。それと、記憶の中にある父の記憶は保育園の送り迎えでいつも車内は浜田省吾、見た目も浜省にそっくりな父。Iamfatherを流すことによって父も勘付きジーンときている姿を見て、目の奥が熱くなった事を思い出します。

    愛娘 2024/08/01
  • この楽曲のショートムービーがまさしく自分自身のようでした。単身赴任こそしてはいませんが、二人の息子は、この歌が大好きでよく聞いては歌っていました。

    ブルータス 2024/08/01
  • あれは息子小学校5年生、塾の送りで車の中。いつもの様に流れる省吾のアルバム。
    I am a father が終わる頃、君がポツリと言った。「母さん、僕は今少年だけど、いつか父親になるんだね。」って。「そうだね。何年後かな、その時にこの曲を聴いたらどんな思いになるだろうね。」って会話した。それから月日は流れ、親元を離れ都会で仕事をする君が、時々雑踏の中から流れる省吾の曲を母さん、浜田省吾が流れていたよと動画で送ってくれる便りが時々あり、そんな君も結婚し、現在は4歳、2歳の男の子の父親。今君はこの曲をどんな思いで聴くのだろう。ポツリと言った言葉はきっと忘れているかもしれないけれど、親にはとても忘れられ無い言葉です。いつか雑踏の中からI am afatherが聴こえる時が来るだろう、いつになるかわからないけれど、その時は懐かしい気持ちになるのだろうか…。この曲を聴く度に思い出す私の心のアルバムの1ページです。

    sho 2024/08/01
  • ありがとう・・

    省吾の曲に出会ったのは15歳の時、高校受験勉強中のミスDJリクエストパレード、千倉まりのタイトルコール浜田省吾さんの「My Home Town」!高校では陸上部の浜省好きが集まって「陸部バント」で勿論マイホームタウンからの「パーキングメーターに気をつけろ」。大学1年の最初の授業で一目惚れした斜め前に座った女の娘は宮古島出身。はじめのコンパで気持ちを伝え交際を申し込んだけど敢えなく撃沈。そりゃあ東京のチャラい男がいきなり「すきです!」なんて信じられるわけないよね。俺が親でも絶対反対だわ。でもめげずに「Sand Castle」と「Promised Land]をカセットに落とし、僕の好きなアーティストだから聴いてみてと渡すと、あれ?意外に真面目な人かも?とお付き合いがスタート。
    Club surf and snowbound , Down by the main street,Father’s son, J.Boy…
    名曲アルバムとともに過ごした大学生活。
    授業サボって教室後ろから抜け出し、2人で急いで駆けつけた代々木オリンピック体育館のJBOYコンサート。
    卒業。Midnight flight 彼女を空港で見送り
    再会を約束。
    彼女は宮古島で先生、僕はネクタイ締めて僕が僕じゃないみたいな東京でサラリーマンの19のままさ。
    社会人最初の夏休み、彼女に会いに行きながら沖縄の教員採用試験受検。出発の日に「誰がために鐘は鳴る」が発売・CD購入。CDウォークマンで「青の時間」を聴きながら仕事終えてスーツ姿のまま初の沖縄へ。なんと合格、3月、大泣き送別会、会社を辞め沖縄で教員スタートも束の間、俺は皆捨てて沖縄に来たんだと、おごり高ぶり、だらけた生活でいつもけんかばかりの、いつわりの日々。愛想つかされて振られしばし別々人生へ。
    自分を変えようとフルマラソン・トライアスロンに挑戦!初マラソンの一番キツいときにふと頭に流れてきた「家路」。どんなに遠くてもたどり着いてみせる・・不思議と力が湧き完走。自信を持ってもう一度彼女の元へ、もう一つの土曜日。
    27歳でその娘と結婚。披露宴の思い出のスライドの曲は「我が愛しのマリア」
    子どもは男の子と女の子2人。5歳の長男と行った宜野湾野外のコンサート、大きな声でウォーウォー!イェーイェーイ!と歌う5歳児を見て周りが爆笑!
    長男7歳、長女4歳、次女1歳の時に母親が倒れガンで余命3ヶ月の宣告、半年後他界。でも全てを受け入れてくれた女性と出逢い再婚。女の子を授かり、今では生意気中学生。今年、その長男も結婚、長女次女2人もいつの間にか成人。いい男に巡り会えて幸せそうだから、まっいいか・・。うちの娘見そめるなんていいセンスしてんじゃんと言い聞かせることにした( ; ; )
     沖縄での最後のコンサートは2015年。今回7年ぶりのコンサート参加。僕らが今有るのは省吾のお陰といっても過言ではない。あのとき、高3からハマってた尾崎豊のカセットで一曲目ドライビングオールナイトのドラッグにイカれてブクブクではもしかしたらヤバいと思われて受け入れてもらえず、まずは友達から?とはならなかったかも。ということはこの人生はなかったということ。
    後から尾崎も好きになってくれたけどね。
    11月20日国際フォーラムA
    いろいろな思いと共に心の中で叫びました。I am a fatger❗️省吾、ありがとう!

    海人ひろゆき 2024/08/01
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