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親が浜田さんのことが好きで私がお腹の中にいる時から浜田さんの曲を聴いていました。
特に小さい頃から聴いていたのはマイホームタウン。
曲の中には考えさせられる歌詞があり、成長していくにつれ歌詞の意味を考えて聴いていました。
父にどんな意味にあたるのか聞いてみたり自分で推測してみたり…。初めて、「誰がナイフを光らせ……」のところを聴いたとき「何が起こった?怖っ」ってなった覚えがあります笑
小さい頃、その歌詞が流れたときには父とかにエアーナイフを刺してました笑心に響く歌詞が多いと私は感じます。
大人になったら今、分からない意味も分かるようになるのかなと今は思います!
ななめこ
2024/08/01
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この楽曲のショートムービーがまさしく自分自身のようでした。単身赴任こそしてはいませんが、二人の息子は、この歌が大好きでよく聞いては歌っていました。
ブルータス
2024/08/01
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高校時代にこのミッドナイトブルートレインを聴いて、寝台夜行列車に憧れてました。
数年後社会人になり、初めての転勤にて札幌から釧路へ、ミッドナイトブルートレインにて移動しました。
この曲を聴くとあの時の思い出が一気によみがえります。
ランバ.ラル
2024/08/01
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
小学校からの親友の結婚式で弾き語りを頼まれたので、将来この曲に出てくるような夫婦の姿、主人公の様に妻を想える様な男になって欲しいと願い弾き語りしました。