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浜田省吾
私の高校時代は暗かった。
中学のときの友だちは、皆、進学校へ行き、自分も行けないわけではなかったが、家の近所の新設のいわば3番手の学校を選んだ。滑り止めの私立の方がドキドキしたくらいの受験だった。
あー幼稚な同級生ばかり。殻にこもった高一時代。
そんなとき浜田省吾の音楽に出逢い、雑誌に掲載されれば本屋へ走り、昼休みは観てきたLiveの真似をテニスラケットをギターにみたて、歌う。ちょい勉強が出来る友だちと仲良くなれ、カセットテープを皆に配る。浜田省吾の好きな歌が入ったオリジナルテープだ。
女子校でもないのに、男子とはほとんど話さなかった。
皆で、愛しい人へ、の歌詞について議論となった。
君は僕だけのもの、僕は君だけのもの、どっちが言われたいか。
友だち3人は、君は僕だけのもの、って。
私だけ、僕は君だけのもの。
テニス部の友だちには、絶対恋愛せえへんのとちゃう?
と言われてたくらい男嫌いに見えたよう。
心の中では、いいなぁと思っている人は常にいたのですが、
だからどうすんの?くらいの今思うと、輝く青春時代を
あーあて。でも、交際を申し込まれたことはありましたが、その人がどうというよりも?恋に憧れて?
失敗したという?
浜田省吾の歌にはなかなか近付けないものですね。
いんげんまめ
2024/08/31
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浜田省吾
高校の学際で初めて見かけて先輩、その瞬間からその人ばかり探していました。すると、バンド演奏が始まりその先輩がステージの上に、その時演奏したのがこの曲です。それから省吾さんの曲を聴き始め、今も聴き続けています。その先輩には何も言えず、卒業していきました。それ以来会うこともなく、私も卒業しました。でも、省吾さんを知ることができた事はとても感謝しています。良い思い出でした。
がーこ
2024/08/31
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浜田省吾
1995年に花嫁👰♀️と結婚式💒を挙げました。その時担当のウエディング👰プランナーにお願いして最高の演出をさせて頂きました。浜田省吾さんマジック🪄でこの楽曲を使い今でも離婚しないで来年30周年で銀婚式からの更に5年の節目になります結婚記念日になります。浜田省吾さんの楽曲を好きになり早、43年が過ぎようとしています。
LOVE TRAINのアルバム💿1枚discにこだわり
【雨の日のささやき】結婚式のお色直しで和服紋付きと👰♀️白無垢で登場した時の演出で番傘☂️・相合傘をさして二人が入場してくる演出をさせていただきました。
浜田省吾さん
2024/08/31
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
高校生の頃で就職希望の者、受験希望の者と進路は違ったけど、ほとんどの者が聴いていたなぁ。
まだLPレコードでカセットテープにダビングをするなんて今じゃ考えられないけど、凄く良い思い出です。