MIDNIGHT FLIGHT -ひとりぼっちのクリスマス・イブ(1989)

浜田省吾

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miyu

30年前経つかと思いますが、寮生活していて、先輩から借りた浜田省吾さんのこのCD、この曲を何回も聴いてました。詩も曲も自分に重ねたりしてლ⁠(⁠´⁠ ⁠❥⁠ ⁠`⁠ლ⁠)

M.Shiba

既に30年以上前ですが、職場の上司に連れられて二人で初台の小さなBARに行ったんです。カウンターしかない本当に小さいBARでした。そこでカラオケのマイクが自分に回って来まして、歌ったのが「MidnightFlight~ひとりぼっちのクリスマスイブ」。 隣には上司。そしてその隣に見知らぬ男性がひとりぼっちでグラスを傾けていました。 歌い出し暫くすると、そのひとりぼっちの男性が「…いい歌唄うなぁ…」と呟き、しくしくと泣き始めたのです。 唄いながら驚きましたが、きっと心に刺さる出来事があったのでしょう。その後の男性の事は未だに気になります。そしてそれからこの歌も特別な曲になりました。

SHUJI

話は約30年前となります。当時私は20歳の学生で、高校時代から5年お付合いしていた彼女も20歳で学生でした。 高校より4つ歳の離れた兄貴の影響で浜田省吾を聴いており、彼女も一緒によくCDウォークマンで省吾さんのいろんな曲を聴いてました。 「いつかライブいきたいね」とお互い話していましたが、 高校生時は受験などでライブに行けませんでした。 それから大学生になったのですが、名古屋と大阪の遠距離恋愛となり、お互いアルバイトと勉強で会う機会も減ってしまったのですが、互いの絆で遠距離も大丈夫でした。 そんな中、省吾さんのライブ「Tender is the night」があるとのことで、「絶対に行きたいよね」と話していました。 当時のライブチケットは、電話のみでの争奪戦だったので、中々電話も繋がらず、繋がったときには完売となってました。私は諦めていたのですが、後日追加販売があったみたいで、彼女がチケット2枚取ったと連絡があり、お互い電話口で「やったね」ばかり言っていたのを思い出します。 ライブ当日、大阪から彼女が名古屋に来て楽しむはずだったのですが、来たのは来たのですが、かなりの高熱で身体がダルそうでした。私は、身体優先で「ライブはまた今度にしよう」と提案したのですが、どうしても行きたいと珍しくわがままを通してきました。しんどくなったら直ぐに帰る約束でライブに参加したのですが、省吾さんには大変失礼ですが、初めてのライブでセットリスト等全く覚えていなく、彼女のことばかり心配しておりました。案の定ライブの途中で帰ることとなり、バスで家近くのバス停に着き、彼女をオンブし、歩いて帰っていると彼女が背中から「今日はごめんね」と私に泣きながら囁いてきました。私は逆に申し訳ないと思っていただのですが、気が付くと省吾さんの曲を歌ってました。今思えば、切ない歌詞だったのですが、その曲が「MIDNIGHT FLIGHT -ひとりぼっちのクリスマス・イブ」でした。そして歌ってる途中で、雪がちらつき出してきたのを覚えております。 なぜその曲を歌ったかと言うと、その日が12/24のクリスマスイブだったからです。 彼女とは、それから2年お付合いしましたが、結局はお互い別々の人生を選びました。 今でも「MIDNIGHT FLIGHT -ひとりぼっちのクリスマス・イブ」を聴くと当時を思い出します。 まだ話の続きはありますが、長くなりますので、ここまでにしておきます。 長々と申し訳ございませんでした。

J-Girl.Sakura

♬一人きり 東京で もう生きていけない〜♬ この彼女の気持ち 大学生ではじめて聞いた時に切ないだろうなと思いましたが 本当に自分がそうなるなんて考えもしなかった。 切ない,を通り越して 本当に暗闇の中を手探りで生きているようでした。 ニューヨークに飛べる彼女が羨ましかった(苦笑) 歌詞の通り 彼も私と別れることになって 後悔していることがわかり それが救いにはなったかな。 別れを決めて30年。今は彼が幸せに暮らしていることを願うばかり。

まこまこ

社会人になり遠距離恋愛していた彼は学生でサッカーしていました。秋頃、試合観戦に行き、帰りは友達の車を借り空港まで送ってくれました。  お互いに別れを惜しみながら時間となりわたしは機内へ。飛行機が動き出し離陸すると一気に現実に戻され窓の外の景色を見ながら涙していました。その時に頭の中でずーとMIDNIGHT FLIGHTがが流れていました。機内ではサービスで回っていた客室乗務員の方は泣いている私に気付いてくださり声をかけずそっとしてくれていたんだろうなと後から思った記憶があります。 その彼とは結婚し、30年と半年になります。