この曲に寄せられたエピソード
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ON THE ROAD 2001ツアー当時、私は中学1年生でした。
胎教音楽は浜田省吾で、生まれながら浜田さんの音楽にずっと家族と共に慣れ親しんでいました。
あの時のツアーでは、父と2人で参加したのですが
『家路』の演奏中、「どんなに遠くてもたどり着いてみせる」と浜田さんが歌ったところで
隣の席の父がこちらに顔を寄せて
『俺がお前に伝えたいことはこのことなんだ』と私に話しかけました。
父からの想いを確かに受け取られる曲です。
また、そのライブの直後。
ファンクラブ会報が100号を迎え、記念CDが届きました。
そのCDに入っていた曲がまさに『家路』。
なんてタイムリーなプレゼントなんだと、当時の私は大喜びしました。あれから23年。
私も母となり、朝の目覚ましがわりにコンポからは毎朝浜田さんの曲がかかります。
息子は『省吾じーちゃんのお歌』といって口づさみます。
あんみ
2024/08/01
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生まれてはじめて参加したコンサートが1999年、立川昭和記念公園でのものでした。まだ5歳だった私は、母親に連れられて参加。抱っこされながら色々な楽曲を口ずさんでいたと、母は当時のことを思い出す度に言います。おぼろげな記憶のなか、ひとつだけはっきりした記憶が。本編最後の曲、家路。曲が終わって、ステージから捌けていくのを見て「省吾が帰っちゃうー!」と大泣きしたことです。母は「まだ帰らないよー!大丈夫!」と笑いながら抱きかかえた私の背中をとんとんと叩いてくれて、周りの大人たちも笑っていたのをよく覚えています。初めてのコンサートの記憶が一部分でもあること、今でも思い出して懐かしい気持ちになります。
かえ
2024/08/01
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初めて聞いたのは1982年、自分が10歳の頃と記憶しています。「石のような孤独を道連れに」ってどういう感情なんだろう?「空とこの道出会う場所」ってどういう感覚なんだろうと不思議に思ってました。省吾さんの歌詞はどの作品も言葉の意味を自身で考えるようにと命題を与えられている気持ちになります。
21歳になったときに祖母が他界し、大学のカリキュラムの関係でどうしても葬儀に出られず、当時住んでいたアパート近くの丘から街を眺めていました。その時初めて「青く沈んだ夕闇」という光景を体験しました。それまで夕闇は黒で夕は茜色としか認識していなかったのです。ミッドナイトブルー、茜色、自然が織りなすグラデーションに祖母の生前の姿を重ねていました。
車通りの少ない小径を歩いて帰りながらいつか来る時代と最期の時間のために自分の拠り所、大変なことがあっても戻れる大切な場所を見つけようと自身の胸に誓えた作品であります。
かずひこ
2024/08/01
子供の頃から健康だけが取り柄だった私が
ある日交通事故で大怪我して足に大きな障害を
負ってしまったり、あるときは頭の中の
血管異常で急に倒れて
病院に運ばれて緊急手術したり…
それでも不死鳥のようによみがえり
復活をとげてきたのですが
数年前にお腹の中に悪性腫瘍がある事がわかり
その時ばかりは『もうダメだ…』と限界を
感じていました。
ヒトはいつか死ぬのが宿命でそれが
私はそれがみんなより少し早いだけ
なのかもしれない…
そのときに突きつけられた偽りのない現実です。
その時にたまたま聴いていた省吾さんの家路が
胸に突き刺さったんです。
この命が尽きた時に『帰る場所』に行くときに
この歌を聴いて逝きたいと…
夫や兄姉には今際の時や出棺する時には
家路を掛けて見送ってほしいと伝えてました。
『何言ってんの?!』と言われましたが
偽りのない本心でした。
あれから6年…変わったことはたくさんあるけど
今現在、転移も再発もなく過ごしています。
そして省吾さんを通じて新たな友人も増えました。
そんな中でファンの方がひとりで開いている
あるお店を友人が発見しました。
ひとりですべて手作りのお惣菜を作って
地元のお客さんが多く通う小料理屋さんです。
ある時に友人に誘われ何気なく行ったのですが
そのオーナーさんの作る料理を食べて
ふと感じたのが、亡くなった母の料理の味に
よく似ていたのです。
もう少し、ここのお料理食べていたいな…
素直な私の思いです。
今の家路は『その時』ではなくて
オーナーさんのお店へ行くときに
駅からの道をイヤホン越しに
省吾さんの家路を聴きながら
『どんなに遠くてもたどり着いてみせる』と
自宅からは近くはないお店へ行く
ワクワクするような気持ちで
夕暮れ時にバスに揺られて聴いてます。
今では、オーナーさんのお店は
私の第二の実家となりました!
あの時は生きる事を少しだけ諦めていた部分も
ありますが、今は違います。
夫はもちろんのこと、大切な『浜友』さん達と
今あるこの時を楽しくみんなで笑って
そして、今しかないこの時を
大切に有意義に過ごしていきたいと思っています。