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青の時間

浜田省吾 / 1999年

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一番共感されたエピソード

この曲のタイトルをきくと私はキロロリゾートを思う
あの野外ライブ、真っ青な空
すごくキレイな夕日と夕焼けを見たはずなのに
人は生かされていることを感じたあの日をこの歌は思い出させてくれる
(全日空ハイジャック事件に思いをよせて)

kuuko 2024/09/08
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この曲に寄せられたエピソード

(12件)
  • 2021年夏、妹の腎臓移植のドナーになりました。
    結婚後、家を出て両親の面倒は全て妹にお願いして来た私にとって腎臓を使ってもらう事くらいしか彼女に返せる事が出来なかったのです。ただ…娘も夫もとても心配した事と思います。
    手術の後、やっと歩けるようになり少しづつ歩を進め辿り着いた病室の窓からは暗い夜に蒼い光が差し、夜の桜島の陰が見えていました。その時、スマホから流していたのが「青の時間」でした。
    家族への感謝の気持ちと妹への想いで涙が溢れていました。

    毛利裕美子 2024/08/01
  • 1999年7月24日(土)北海道キロロリゾートでの野外コンサート。
    当時31歳の私は、初めての野外コンサートにワクワクしていました。

    しかし裏腹に、前日の天候不順。ステージセットも崩れるのではないかというくらいの強風。
    スタッフ・メンバーの搭乗した飛行機がハイジャックにあい、一歩間違えればコンサートが出来ない状況であった。
    そして犠牲となった長島機長。

    MCで浜田さんが「このステージができるのは命を懸けて職務を全うした長島機長のおかげです」
    「みんなで1分間の黙祷を捧げたいと思います」

    黙祷の後に流れた「青の時間」
    一生心に残る曲として今も私の心に刻まれています。
    ちょうど夕日が沈む頃と相まって、思い出深い曲となりました。

    ちょうど私はこの頃色々なことがあって「離婚」を考えていて人生の分岐点に立っている状況でした。

    その時に元気をもらおうと参加したコンサート、そして流れた「青の時間」。
    今もその時の映像が脳裏に約付いています。

    色々な思いが交錯する中、翌年(2000年)に新たな人生を踏み出しました。

    人生の良い時も悪い時も、いつもそばには浜田さんの曲がありました。
    どれだけ励まされたことか。
    「日はまた昇る」の歌詞のように「自分は自分の人生を受け入れて楽しむほかない」「最後には笑えるように」

    この曲も私の人生の応援歌としていつも聞いています。

    たけし 2024/08/01
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