この曲に寄せられたエピソード
(27件)-
自分には、物心つく頃から、右手人差し指が無い、幼い頃に、怪我をして、失ったと聞いて育った。思春期の頃に、その事で悩んだ日々もあった。
やがて結婚して、子供が生まれた頃に、祖母が亡くなった。その通夜の席で、始めて指がなくなったのは、祖母の勘違いと不注意が、原因と知った。
その頃に、浜田省吾さんがテレビ番組に、出演されて、エンディングでが、日はまた昇る だった。
指があろうとなかろうと、
その人生を 受け入れて楽しむ他ない 最後には笑えるように
自分に、語りかけてくれているように、聞こえて、何かスッキリ納得して、むしろ祖母の墓参りする時には、心配かけて、済まなかったと、今も語りかけている。
mrainbowjp
2024/08/04
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私の思い出の曲は「日はまた昇る」です。
2001年に発売されたこの曲が入っているアルバム「SAVE OUR SHIP」
正にこのタイトルのように私の気持ちも助けて!
というような心境の時でした。
当時、このアルバムに入っている
「日はまた昇る」を何度も聞いて気持ちが救われました。
あの時は社会全体的にもとても暗いイメージだったような気がします。
結婚して6年。子供3人、5歳、3歳、1歳の幼い子供を抱え育児に追われていた時です
主人の会社が倒産してこれからの生活がとても不安で
幼い子を前に途方にくれてしまいました。
主人も新しい職を探していましたが
中々うまくいかず
イライラや不安が募るばかりで喧嘩ばかりの毎日だった気がします。
そんな時に「SAVE OUR SHIP」が発売されたのです。
最後に入っている曲「日はまた昇る」を聴いた瞬間
私の心に染み渡り次第に気持ちが救われていきました。
省吾さんは全てを分かっているのだな
省吾さんに優しく諭されているような気持ちになりました。
誰もが皆自分の人生と闘っている。
不安からくる焦りで主人を責めるような事しか
出来ない自分はなんて未熟なんだろうと恥ずかしくなりました。
この曲を何度も何度も聴いてこの不穏な時代を
乗り越えました。
今でもこの曲は私の支えとなっています。この年にツアーで私の地元のFM局に省吾さんが
ゲストで出演された時
好きな曲のアンケート…だったと思うのですが
私は「日はまた昇る」と書いてこのエピソードも添えて投稿しました。
そしたらこの投稿をパーソナリティの方に読んで
頂いてとても嬉しかった思い出があります。
この時のアンケートの1位が「日はまた昇る」でした。
省吾さんがこの結果をとても意外でしたと驚いて
いたのがとても印象的で良く覚えています。
にっちゃん
2024/08/03
結婚したら普通に子供は出来る物と思ってた私。友人からは子供が産まれた知らせの写真付きの年賀状が届き、不妊治療を開始するも、2度の流産で身も心もボロボロになりました。
夫の両親と同居生活なのに、病院に1度も見舞いに来ない夫の両親。
環境を変える事を勧められ、会社の社宅に入りました。
しかし、夫が、突然のリストラにあい、もう1度、夫の家に入る事になりました。いつも、厄介な事に見舞われて来る度に、この曲をお風呂で歌いながら、乗り越えて来ました。
コンサートで聞く度に、自然と涙が出てくるんです。