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日はまた昇る

浜田省吾 / 2001年

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Pickup Episode

一番共感されたエピソード

結婚したら普通に子供は出来る物と思ってた私。友人からは子供が産まれた知らせの写真付きの年賀状が届き、不妊治療を開始するも、2度の流産で身も心もボロボロになりました。
夫の両親と同居生活なのに、病院に1度も見舞いに来ない夫の両親。
環境を変える事を勧められ、会社の社宅に入りました。
しかし、夫が、突然のリストラにあい、もう1度、夫の家に入る事になりました。いつも、厄介な事に見舞われて来る度に、この曲をお風呂で歌いながら、乗り越えて来ました。
コンサートで聞く度に、自然と涙が出てくるんです。

ヒロリン 2024/10/01
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この曲に寄せられたエピソード

(27件)
  • 長い人生、山あり谷あり
    この曲を、和歌山のライブ会場で初めて聴いた時は、私は人生の沢筋に迷い込んでいました。
    この曲の優しさ?癒し?どう表現したら良いか分かりませんが、家路についた私は不思議なくらいに希望を持て笑顔になれました。

    そら 2024/08/03
  • 息子が学校推薦を得て受験した高校 結果不合格だった。滑り止めの希望しない学校に行くことになった。一緒に入学式に参加した帰り道の車の中、後部座席に座っていた息子が泣き出した。悔しかったのだろう。中途半端な言葉をかけるよりと、HDDの「陽はまた昇る」を掛けた。「最後に笑えるように」の歌詞を伝えたくて。
    その3年後の大学受験、高校受験と同じように第一希望に合格できなく、第二希望の大学 地方へ行くことになった。旅立つ日に「日はまた昇る」の「どの道を歩いてゆこうと… 最後には笑えるように」の歌詞を書いた便箋を入れた封筒を息子に渡した。どう受け止めたか分からないが、自分が感じたように 歌詞の言葉がこれからも前に進む力を与えてくれたら・・・と願っています。自分と息子の思いでの曲。つなぐ歌詞です。

    ペンとパン 2024/08/03
  • 結婚して25年旦那が30年勤めてた仕事を辞めて転職した給料は半分に減った住んでた家も引払い
    今はお風呂もない家に、引越ししてからも何もかも上手く行かない日々その時にこの歌を聞いて自分に言い聞かせて明日を生きてる。

    チャコ 2024/08/02
  • 同じタイトルの作品が実に多い中で、
    1998年の暮に、リリースされた本作品は、
    詩人の鐘 1999バージョンのカップリング的な位置だけど、僕はこちらがA面としての捉え方をしている。当時、浜田省吾は「ON THE ROAD2001」という、4年間に及ぶライブツアーの最中。そのツアーのタイトルソングと言ってもいいのでは…
    スケールが半端じゃない。
    様々な人生を、7分間に凝縮するこの詩は、
    人生の様々な局面に於いて背中を後押しする
    応援ソングにも聴こえる。
    大切な人をなくした時、大切にしているものを
    失った時、会社が倒産した時、家族・自分自身が病に倒れた時…生きていく限り、立ち止まる事はできない!どんなに長く苦しい終わりが見えないような坂道でも、乗り越えなければならない。
    上りつめた時、そこに広がる景色。どんな景色か誰一人知らないけど、幸せに満ちた世界があると信じきれるから人は前に進む事が出来る。僕を含め全ての生きとし生ける人にとってこの作品は、決してゴールではないけど、
    たどり着くべき場所を意味していると思える。
    ある意味、かけがえのないもの、かけがえのない場所。約束の地に置き換える事も出来るだろうが、僕は今もそこに向かっている。息を切らし走り続けながら、時にはつまづき倒れそうに
    なりながら、今もこの先も…
    そして、たどり着いた時、生命の煌めきに満ちたその場所で真に笑いあえる。
    その日を信じて歩いていける。
    それで十分に幸福だと、いえる。
    それを認識させてくれたのが、この楽曲。
    「日はまた上る」

    長谷川裕一 2024/08/02
  • 父が毎日良い学校に行け 勉強しろと言われ続け その度に洋楽 邦楽聴きながら 目の前に高校受験を迎えた私。ある日、父が「最後には笑ええよ 笑えるようにやらんとの」と言われ いつものように「うざいな あっち言って」と父を無視していました。
    あれから、父は何も言わず 父娘は冷戦状態でした。私今40になり仕事 結婚 出産 色んなことがあり、私何してるんだろう 逃げたいな でも逃げたら
    子供達はどうなるのか と踏みとどまり 乗り越えてきました、そんな時初めて省吾さんの歌に出会い 癒されました。日はまた昇るの最後のフレーズ「最後には笑えるように」ふと 父の言葉がよぎり
    みんなが笑顔になるように 人生最後に笑っていられる人生になるなんて 心に思いました。
    父は昔気質で早く祖父を戦争でなくし、祖母と二人暮らし どんなに苦労してきたか そんな父がいった言葉は どんな気持ちで私に言ってくれたのか
    曲を聴く度に涙が溢れます。
    そんな父は認知症になってしまい すっかり言ったことも忘れています。皆が笑顔になるように、笑っていられる人生を歩んでいます。

    こめすけ君 2024/08/02
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