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17歳の時、喫茶店でバイトしていて…お客さんが持って来てくれたカセットテープに浜田省吾と名前が書いてあり…(当時はデッキで曲を流すか有線放送でした。)テープをオン!…前奏といい、声といい、17歳の私に衝撃でした。毎日カセットオン!青春でした。初めて彼が出来たその人も省吾大好きでした。サングラスを掛けて…。車ではずっと省吾!あの時浜田省吾さんのカセットに出会えて…42年経つ今も、車で聴いてます。武道館ではまさかチケットゲット出来て、あの炎の演出…愛の世代の前には泣けましたた。思い出しました!10代を。あの時は歌詞の重さが分からなかた私。42年経つ今、理解出来ると心が痛いです。
多分、あの時10代だった方達みんなそうです。そして、省吾さんの曲、歌詞、声全て青春だったと思います。この曲で省吾さんが訴えたかった…何十年経つ今もこの曲が心に響いてしまうのは私だけでは無いと…。
ぽん
2024/08/01
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短大時代、免許取り立てでよく浜田省吾さんの楽曲を聴きながらドライブしてました。
ある日、たまたま知り合った同じ学校の女の子と仲良くなり
夜ドライブデートすることになりました。
綺麗な星空の中浜田省吾さんの『もうひとつの土曜日』がカーオーディオから流れると、助手席の女の子が急に泣き出したのです。どうしたのかと聞くと、悲しい失恋をしたのだと話してくれました。
まるでこの歌と何かを重ねたような表情をしていました。
あの時の景色、雰囲気、表情は今でも忘れられません。このデートの後、僕たちは交際を初め、今ではお嫁さんです。
浜田省吾 というアーティスト、楽曲に出会えたことで人生が変わったと思っています。
今後もずっと聴き続けていきたいと思います。
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2024/08/01
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
思い出の曲は、いつかもうすぐです。
そのころは、FMラジオで聴いて
誰だろう!?
その後もうひとつの土曜日で巡り合いそれから大ファンです。