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スタッフ20人を抱えて美容室の経営を主人と営んでいたあの頃、思うように経営が上手くいかず、毎月のお手当てを支払う時にお金が足りず・・何度ポケットマネーから支払ったかわからない時がありました。
毎月毎月その日が来るのを恐怖にさえ感じるようになっていました。
その頃は自分の子供も3人かかえ・・スタッフや子供たちの前では笑顔でいましたがとても辛い日々が長く続きました。
お店を閉めてしまおうか・・そんな思いもありましたが・・「喜び 悲しみ 今日も つずれ織りながら 明日へと心つなぎひたすら生きていくだけ たとえそれが重い通りにいかないとしても」このフレーズが頭のなかを駆け巡り・・明日へと生きていかなきゃ・・と、とても支えられた楽曲です。
あの時・・この曲があったからこそ今があるような気がしています。そして今は現場を離れ・・12店舗の経営をするまでになれました。とても思い入れのある曲です。「君が人生の時」私の背中を押してくれた最高の応援歌です。この曲に出会えたことに感謝しております。
たいむ
2024/08/04
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高校時代、フォークギターに目覚め、毎日夢中で弾いていた。
ギター雑誌のガッツという本を毎月買って、色々なアーティストの
曲を練習していた。
浜田さんのライブアルバムのオンザロードの特集記事を見たのも
ガッツでした。その時は、浜田さんといえば、風を感じてという
イメージでしたが、よくラジオでもアルバムの特集をしていた。
東京、愛の世代の前になどよくかかっていたが、自分としては
オンザロードが特に好きで、すぐにアルバムをレンタルしてきました。今でもよく聞き、自分の応援ソングとして、人にも紹介しています。
タカモリ ショウイチ
2024/08/04
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
高校生の時、当時付き合い始めたカレが好きな曲を何曲かカセットテープに録音してプレゼントしてくれて、その中にいくつか浜田省吾さんの曲がありました。それが、私が浜田省吾を知るきっかけでした。そして、この曲を聴くと仲間とバンドを組んでこの曲を歌っていたカレの姿を今でも思い出します。