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初めて行ったコンサートが、友人Hに誘われたFATHER'S SON ツアーだった。
楽曲や演出の素晴らしさからもっと浜田省吾というアーティストについて知りたくなり、直ぐにファンクラブに入会した。
それまでのアルバムから現在まで全てを聴いてきた。
今から20年前のある日、自分にも息子ができた。
手の大きな赤ちゃんで、きっと器用な子になるなんて親バカを発症していた。
その僅か1週間後に届いた知らせに、俺はその場に座り込み動けなくなった。
浜省に導いてくれた友人Hが仕事中に倒れ帰らぬ人になったと。
ショック過ぎて涙も出なかった。
Hとは幼稚園からの友人で高校まで一緒だった。
Hは、就職で他県へ行ったが休みの度にお互い行き来していたから、いて当たり前の感覚だった。
葬儀の時、冷たくなった彼の頬に触れた時に初めて涙が溢れた。
逝ってしまったことが恐る恐る触れた指先に伝わって来てしまったから。
Hには、一男一女の二人の子供がいる。
自分にも四人の男の子を授かった。
子供達もみな大きくなった。
長男は今年ハタチになった。
あの時の大きな手の赤ちゃんだ。
彼は、遠くの大学に通い、眩しい時間を過ごしている。
ふと、思う。親友と呼べる友はいるのかな?
頭に浮かぶのは、I am a FATHER。
そして、FATHER'S SON。
鏡を見て親父に似てきたな、なんて思ってくれているだろうか。
Hの子供達は、今も父親の温もりを覚えているだろうか。
そうか、20年も経ったんだな。
Hと一緒にザリガニを獲ってた夏休みが懐かしい。
久しぶりにHに会いに行こうかな。
オープンカーでFATHER'S SONを聴きながら。
加藤美成
2024/08/01
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6年前の6月24日 午前6時20分。
朝の訪れとともに、父は永眠した。
享年79歳。
静かな、まるで眠るような旅立ちだった。
翌日の通夜、翌々日に行われた告別式には、親戚をはじめ数多の父の知人友人が参列してくださった。さながら奇妙な同窓会のような空気も流れていたその会場のロビーに設置されたテレビモニターからは、両日の間、とあるDVDがエンドレスで流れていた。
それは、父の生涯をまとめたショートムービーだった。
「お父様の写真が何枚かあれば作れますよ」と亡くなった当日の午後、葬祭会館のスタッフさんにそう提案されたワタシは、躊躇することなくそれに同意した。葬儀の打ち合わせを中座して車で5分ほどの距離にある実家に戻り、古いアルバムと自身のスマホの中から晩年の父の写真を選んでスタッフさんに数点の写真を渡した。その時にスタッフさんに「出来るのなら、BGMはこのカセットの最後の曲にしてもらえませんか?」と実家から一緒に持って来た古いカセットテープを手渡した。
翌日出来上がったDVDは5分に満たないショートムービーだったが、戦時中に生まれ、高度経済成長の時代に青春を謳歌し、巷がバブルで浮かれていた頃に仕事の不振や病気で苦渋の時期を耐え過ごし、そして晩年には5人の孫に囲まれ好々爺となった父の生涯が映し出されていた。そのバックには、ワタシがお願いした「THEME OF FATHER'S SON (遥かなる我家)」が、静かに、だけれども力強く流れ続けていた。
通夜が始まる間際、ロビーに流れる父のこのショートムービーを叔父がぼんやりと眺めていた。
もうすぐ式が始まることを告げるために近づいたワタシに気づくと、「いい映画を作ったのう」と叔父は独り言のように呟き、そして「お前のお父さんは、ええ人生じゃった」と続け、ゆっくりと会場の中へと入っていった。