この曲に寄せられたエピソード
(70件)-
中1の終わりから高校卒業まで
ひとつ歳上の先輩に片想いしてました。
先輩が中学卒業する頃には私の想いは知られてしまっていて。
先輩が高校入学以降、電話で長い時間話したり、手紙のやり取りをしたりしてくれてました。
といっても、お付き合いをしているわけではなく
私の想いを知った上での先輩後輩の関係でした。
先に高校生になった先輩は、すぐに彼女が出来…
でも、高校も先輩を追いかけて、頑張って受験。
同じ高校で過ごすことはできたけど、最後まで一方通行の恋でした。
嬉しかったこと、悲しかったこと…苦い想い出も。
片想いを聴きながら過ごした私の青春です。
ひまわり
2024/08/10
-
当時高校1年生だった私。
同じ学校の数学の先生の事を好きになりました。
先生は独身で10歳上、単身赴任で赴任してきたので住まいは校内にある職員寮でした。
私は夏休みに友達を誘って先生の寮に遊びに行ってましたが、やがて一人でも行くようになりました。
その時いつも浜田省吾さんのSandCastleを聞かせてくれました。
そして翌年3月、先生の転勤が決まり学校にはいなくなると知りました。
そして終業式の日、もう先生と生徒の関係ではなくなるからと、初めて夜のドライブに誘ってくれました。
その時流れていた「片想い」の「その愛しい腕の中で このままそばにいて夜が明けるまでと泣けたなら」というフレーズで涙が溢れました。
もちろん私はまだ未成年だったので、その願いは叶いませんでしたが、今でも切ない思い出です。
Eri
2024/08/08
-
『アップルパイの甘酸っぱい香りと淡い想い出』
私は車の免許は26歳ぐらいに取得したので、勤め始めた頃は、バスで通勤していました。
朝6時頃起き、食事や身支度を済ませ、7時15分のバスに乗り通勤するのが日常でした。
バスではいつも一番後ろの席に座り、本を読んだり景色を眺めたりしながら片道40分ぐらいの道中を過ごします。バスの通勤にも慣れたある日、一人の若い女性が途中のバス停で乗ってきました。
私より1つか2つ上ぐらいの髪の長いスレンダーな美人でした。
ちょっといたずらっぽいような小悪魔的な雰囲気のある女性でした。
その日から時々、彼女は同じバスに乗るようになりました。そんな日が続き、いつの間にか彼女がバスに乗るのを楽しみにしてる自分に気づきました。
きっと彼女に淡い恋心を抱き始めていたのだと思います。
私も男ですから、彼女に話しかけてみたいという衝動が心の中でどんどん膨らんでいきました。
ですが他の乗客もいるので、恥ずかしさになかなか踏み切れないでいました。よし来週こそは、声をかけてみようと自分に誓った金曜日、その日は忙しく残業になり いつもより遅い21時のバスに乗り帰路につきました。
途中の繁華街を通った時、偶然 バスの窓からある光景が目に飛び込んできました。
彼女が他の男性と仲良さそうに歩いていました。
私のバスでの恋が終わった瞬間でした。
ちょうどその頃、ラジオで聴き好きになった浜田省吾さんの『片想い』が、私の心の中で何度も繰り返されました。そんな出来事から 20年ぐらい過ぎたある日。
私は、こじんまりとした洒落た喫茶店を偶然見つけ、立ち寄りました。
「いらっしゃい」 という声と共に注文を取りにきた女性の顔を見て驚きました。
バスの彼女でした。彼女も当然、40歳になっていたと思いますが、変わらず綺麗でした。
コーヒーと小腹がすいていたので、アップルパイを注文して、待つことなく コーヒーとアップルパイが運ばれてきました。
他の客がいなかったので私は思い切って、「私の事を覚えていますか?」 と聞いてみました。
彼女が、怪訝そうな顔をしたので、「昔、バスで通勤されていませんでしたか? 私も同じバスに乗ってました」 と言ってみました。
彼女は懐かしいような表情を浮かべ、「あ、覚えています。いつも一番後ろに座られていた方ですよね。」 と言いました。
彼女の視界と記憶に私がいた事が嬉しくなり、それから少し話をしました。
彼女は、バスで通っていた若い頃から自分の店を持つ事が夢だったそうです。
「ようやく小さいですが店を持てたんですよ。」 と言って嬉しそうに微笑みました。
「夢を叶える事ができて良かったですね。おめでとうございます。」 と言って店を出ました。彼女とバスで会ってから20年経ち、ようやく彼女に声をかけることができました。
その喫茶店にはその後一度も行く事はありませんでしたが、彼女の手作りの甘酸っぱいアップルパイの味と香りは今も心に残っています。
初恋はロック♪
2024/08/07
-
20代前半、友だちとカラオケに行った時に
「片想い」を初めて聴きました。
誰の曲?とてもいい歌!
友だちに聞いたら「浜省の曲だよ」
その頃の私は、洋楽ばかり聴いていたので
浜田省吾さんの曲はちゃんと聴いたことが
ありませんでした。
それから、早速、レコード店に直行し
片想いが入っていた「Sand Castle」を
購入。家に帰って1曲目の「君に会うまでは」
のイントロが流れたとたんに雷に打たれた
感覚になりました!
声、曲、詞、すべてが一度に私の身体に
染み渡り、このsingerに出会うのを待っていたのだと、気付かされたのです。
それから今日まで、省吾さんとともに
私の恋愛も仕事も人生も。
いつも省吾さんの歌が傍にあります。
私の身体の一部。歌ってくれた友だちとはいろいろあって疎遠になってしまいましたが、省吾さんと出会わせて
くれたことに心から感謝しています。
もしも偶然出会ったら、今なら感謝の気持ちを伝えられるかもしれません。
あの時「片想い」歌ってくれてありがとうと。
青空チャペ🐱
2024/08/06
サークルの先輩が大はしゃぎする浜田省吾に似ているという彼が 各バンドの講師として大学に来るようになって1か月が過ぎた。
練習以外では ほとんど彼と話をすることもなく 週一回のその時でさえ 先輩のバンドのように軽いジョークを言いながら盛り上がるわけでもない。
ただ“よろしくお願いします”と“ありがとうございました”の30分。
だけど 演奏会の時に楽屋に彼が現れると 不思議と安心できたし 本番直前に舞台袖で“絶対 大丈夫!”と言われると 本当にそんな気がした。
それは 私一人に限った事ではなく 他のメンバーも同じ気持ちだった。
何度かの演奏会を経て 一年の集大成ともいえる恒例の12月定期演奏会の時も
今までと全く変わらず 遠くから見守る彼の姿があった。
そして ステージを降りた時 “よく頑張ったね。良かったよ。お疲れ様”と
メンバーの一人一人に声をかけていた。
数日後 サークルに顔を出すと まるで世間話でもするかのように先輩が
彼への講師依頼は 定期演奏会までの約束だったので あの日が最後だったのだと 黒板に何かを書きながら言った。
あの日 彼は一言も“最後”という言葉を口にしなかった。
いつもと変わらず また会えるような感じで “お疲れ”と言った。
だけど もう会う事はないのかもしれない。
そんなことを思いながら寮の自分の部屋に帰ると しばらくしてメンバーの二人が
やってきて“大丈夫?”と聞く。
「大丈夫って?」 私はその質問に きょとんとした。
「彼のことが好きだったんじゃないの?」
そう二人が言った瞬間 ポロポロっと涙が落ちた。
まるで 居場所の定まっていなかった心が 友達の発した“好き”という言葉に射抜かれ 一瞬にしてその影を心に焼き付けたようだった。
胸の痛みと 寂しさと 一言のお礼も言わずに別れた後悔とが 複雑に絡んだ。
後日 先輩が 私にこっそり言った。
「ギター、ずいぶん上達したって コーチが褒めてたよ。
頑張りなさいね」
もう会う事のない人の言葉を こういう形で耳にする。
直接言われなかったことが 返って心を彼に残してしまった。
🎵 あの人の微笑み やさしさだけだと 知っていたのに・・・
そう。
それだけでいいはずなのに、何かを求めかけている私が居た。