この曲に寄せられたエピソード
(41件)-
ON THE ROAD88'の「路地蔵の少年」2つの思いで
1988'8月20日 A PLACE IN THE SUN 渚園
その年、ファンクラブを通じて知り合った女性と渚園にいた。始まる前、オープニング曲当てクイズをした。
自分は「路地裏の少年」ではないか?と言った。特別な理由があるわけではないが、記念の野外コンサート デビュー曲を持ってくるのではないか?との理由から。
A PLACE IN THE SUNが流れ終り、ステージを覆っていたシートが剥がされた。次に流れてきた曲は「路地裏の少年」だった。当たった。ちなみ、オープニング当ては曲当てはこの時しか当たっていない。1989'2/7大阪城ホール
88'の最後は確か当初確か名古屋3daysだったはず。筈というのは、(ここからが、36年前の事なので少し記憶がぼけるけど、記憶間違いだったらスミマセン)名古屋の前の大阪公演が急遽公演中止になって、名古屋の後に再公演という形で開催された。
今なら、SNSでなどで公演中止がリアルにわかるが、その当時そのようなものはない。新幹線に乗って大阪城ホールへ行き、会館で中止・延期を知った。その夜、予約していたホテルに泊まって翌日帰宅した。
その延期公演が88'のラストになった(と記憶している)
アンコールのラスト、他のコンサートでは演奏されなかった「路地裏の少年」が1曲追加で演奏された演奏された。(多分)延期に対しての省吾さんからの「ごめんね」という気持ちだったと思う。
この曲がかかった瞬間に、延期のについては許せた。
ペンとパン
2024/08/12
-
「One, Two, One, Two, Three, Four !」浜田省吾が叫んだ。
その瞬間、幕が落とされ「路地裏の少年」が始まる。感じたことのない高揚感。
少年が生まれて初めて見たロックコンサートのオープニングだ。
これは私が小学校6年生の時の話である。当時の私は小学校の金管バンドクラブに所属しその練習に明け暮れる日々を送っていた。クラブ活動の関係で地元の小さな文化会館のような会場に足を運ぶ機会は何度もあった。ステージの上に立って演奏する楽しさは今でも忘れず覚えている。父が浜田省吾の音楽をよく聞く影響で家や車の中でよく流れている日常だった。しかしながら当時の自分は全くと言っていいほど興味を示していなかった。そんななか父が浜田省吾のライブに誘ってくれた。あまり乗り気ではなかったがライブの日が金曜日で小学校を休めるからという理由で参加することにした。そしてライブ当日2016年10月14日。神戸ワールド記念ホール。会場はグッズを買う人、路上で歌ってる人、ツアートラックの周りで写真を撮る人などまるでお祭りのような雰囲気だった。会場時間が近づき入場列に並ぶ。なんとも言えないワクワクする感じを覚えている。この入場待ちの雰囲気は今でも好きだ。そして座席券を受け取り会場内へ。デカい。とにかくデカい。スモークがうっすらと炊かれている会場。巨大なレンガ調のステージ。夥しい数の機材。クラブ活動とは比べ物にならない規模に仰天していた。自分の座席に座り開演を待つ。開演時間が近づくにつれて緊張感が伝わってくる。そして開演時間の18時ちょうどに客電が落ちる。大歓声の中オープニングムービーが流れる。風景や建物が映し出されそれはやがてJourney of a Songwriterのアルバムジャケットになった。緊張感高まり自分の鼓動が聞こえる。
その時浜田省吾のカウントとともに「路地裏の少年」が始まった。
「本物だ。」この言葉とともに感情が込み上げてくる。なぜかわからないが少年は涙してしまった。少年は一瞬にして浜田省吾の虜となったのだ。コンサートの予習など全くしてない。曲もほとんど知らない。だが少年はノリノリで踊った。自分でもよくわからない。しかしながらとにかく楽しい。自分にとって新しい何かを見つけた瞬間であり浜田省吾との出会いはこれまでの自分の人生を変えた。コンサートはあっという間に終わってしまった。
それからというもの少年の日常は「オレの初恋はロックロール そして今も夢中で追いかけている」まさにこの通りになった。FC会員にも入会しそれ以降のツアーは父とほぼ全て参加している。大学生の今でも自分の日常に浜田省吾は欠かせない存在になった。
私が初めて参加したコンサートは「ON THE ROAD 2016」そして父が初めて浜田省吾のコンサートに参加したのは「A PLACE IN THE SUN at 渚園」。
この二つのコンサートの共通点はどちらもオープニングが「路地裏の少年」であったのだ。
Niwatori
2024/08/04
母が浜田省吾と巡り会ったのは中1の冬。家出に失敗した日の夜、ノイズだらけのトランジスタラジオから聞こえてきた初めて聴く曲に「希望が見えた」そうです。それが浜田省吾さんの「路地裏の少年」。複雑な家庭環境や周りの大人との関係に嫌気がさしていた母にとって唯一分かり合えるかも知れないとの思いだったそうです。大人になり母となって自分のことは後回しが当たり前で、家族の介護と育児と家事で笑顔を封印する日々が続いていても、浜田省吾さんのライブだけはまるで家出をするようにひとりで出掛けていき、満足そうな笑顔で帰宅していたっけ。その母が今は病院のベッドで眠ったままです。私たちはわずかな面会を終える時、母の耳元で母を救ってくれたその曲を流して帰ります。いつかまたきっと、浜田省吾さんのライブから笑顔で戻って来る母を迎えられることを毎日祈っている私たちです。