-
新しい土地で暮らし始め、言葉、友人、勉強、全てがどんなに頑張ってもうまく行かなく、その上父も病で倒れて心が人生初の超ブラックホールの19歳。
その頃1人の部屋で良く聞いていたのがFather’s Son。
タイトルは涙の川。 なのに始まりから明るく元気なリズム。
私ももう少し頑張れるかな。 頑張ろう。 私だけじゃないな、と思わせてくれた曲です。
bluish
2024/08/18
-
浜田省吾さんのDVD📀Welcome back to the Rock SHOW youth in the JUKEBOXが発売されて販売価格が13000円と公開される前に長野県で行われたコンサート🎹🎷【ビックハット】のセットリストを浜田省吾さん好きな浜友さんにセットリストを頂きオープニング〜最終アンコール1回目・2回目まで28曲あるのを知り、今まで購入させていただいたシングル8インチ盤や通常盤シングル盤やDVD📀で音楽関係者の方々に相談しながら楽曲を編集していただき🚗視聴用個人使用で焼き付け編集やっていただき完成致しました。浜田省吾さんのDVD📀は高額すぎて既婚者には手が出ない【小遣い範囲超えてる為】ので28楽曲セットリスト編集やっていただきLIVEのDVD📀感味わっております。大好きな浜田省吾さん愛❤️をなんとか私なりにアルバム💿2枚discバージョンに焼き付けて頂きファン歴43年Overですが浜田省吾さん愛❤️は13歳から変わっていません。完成した個人視聴用の物をInstagramで【私のお宝映像】としてリールにさせて頂きました。ファン待望のアルバム💿発表と同じタイミングで私の焼き付けアルバム💿も完成することが出来、一生の宝物になりました。20枚近くのアルバム💿セレクトで浜田省吾さんのLIVEDVD📀感演出していただきました。【音楽関係者の方々や編集スタッフさん皆さんに感謝しか御座いません、ありがとうございます。】Instagramを見たフォロワーさんからたくさんのいいね👍を頂く事が出来て二重の幸せが御座います。
hikarinoitowokanjite777【浜田省吾さん大好き】
2024/08/18
-
今から39年前、僕が高校2年生の頃に作ったラジオ用ドラマが全国大会に選ばれFM神戸にも出演しました。当時の社会問題として高校中退する若者が増えて、クラスがひとつなくなるというショッキングな実話を元にラジオドラマを制作しました。そのドラマに使わせて貰ったのが『メインストリート』です。己が選択した未来、人生っていうこのドラマのストーリーとこの楽曲がとてもマッチしていた事で、エンディングの一番盛り上がるシーンに入れました。忘れもしません、この曲が流れた瞬間、大会の会場が、ゴォーー湧いた事を今も鮮明に覚えてます。顧問の先生に後で聞いたのですが、この作品は審査員の評価が相当高かったそうです。見事に全国大会出場の切符を手にして人生初の表彰状を貰いました。自分でも鳥肌の立つ作品を作ったなと誇りに思っています。なんせ主題歌が良いですもん!笑
浜田省吾ありがとうございます😊
そこからずっと・・・
「俺の初恋は浜省、そして今でも夢中で追いかけてる』です!
野上秀人
2024/08/18
-
夏のお盆時期
仕事で広島、竹原市へ向かいました
海岸沿いを走ってるとここでこの曲とアルバムが出来たのかな?と、すごく綺麗な景色を眺めながら考えてましたあの時期は、栄光の時を待ちわびてたような気がします
Real Blue
2024/08/17
-
1979年秋、学部の掲示板の前で、友達からコンサートチケットを購入しました。
そこには「LIVE CANPUS ’79 10月11日(木) 読売ホール 出演 A 浜田省吾 C 」との記載がありました。
当時、Aさんは化粧品CMの大ヒットで超有名。浜田省吾さんは「風を感じて」がCMで流れていて、スマッシュヒット中。顔は知らないけど、曲と歌は良い感じ。まあ、Aさん目当てで行くか、と会場に赴きました。
Aさんは勿論良かったけど、浜田省吾さんの曲を生で聴いて一気に好きになりました。
特に、その中でも「恋の西武新宿線」は「早稲田の学生の皆さんへ~」といった曲紹介があったような気がします。
曲の冒頭が高田馬場駅とビッグボックスをイメージしたような感じで、西早稲田通りというフレーズも楽しかった学生時代が蘇り、センチメンタルな気分になります。
この曲が高田馬場駅前にあったレコード店のチャートで何か月も1位であったことも昨日のように思い出されます。
としくん
2024/08/17
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
ラジオから流れてきた「青春のヴィジョン」。当時17歳の私、これからどうやって生きていったらいいのか。何がしたいのか何もわからず、決められず、ただ目の前のテスト勉強をするのみでした。その時に聴いた曲でした。本当に稲妻が身体の中を駆け抜けました。ストレートな歌詞にすごく感動した事を思い出します。今でも、この曲を聴くと、テスト勉強をしながら「青春のヴィジョン」を聴いた感動が鮮明によみがえります。