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佐野元春
佐野さんの楽曲を聴き始めた2023年、
Xの投稿で佐野さんとお母様のライブでの写真を拝見しました。
僭越ながら、お母様を見つめる優しい眼差しにひぇーっとなり、恥ずかしそうなお母様の印象的なお姿にじわじわと湯気が沸く思い。
と数日後に、この曲がお母様へ捧げられた作品と知り、私は亡き母に親孝行したか?落ち込みました。
ですが曲自体は、安らぎを感じることと、
良い音楽家はジャンルやビートも超えてくんだなぁと学びました。
おばさん
2025/07/03
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佐野元春
いつのことなのかわからない、80年代後半、会場はたしか新宿厚生年金会館での出来事です。
その日、私は6列目あたりのど真ん中の席でした。いつもは情熱が爆発しているような佐野さんのライブなのに、その日は明らかに元気がありませんでした。
「もしかしたら、お父さんを亡くしたのかな?」
なんとなく、そんな予感がしました。
ライブが終わってから、一緒に行った友達は「今日はつまんなかった!」と、ぷりぷり怒っていましたが、私は彼女にも「もしかしたら…?」と伝えました。
翌月、音楽雑誌で佐野さんのインタビューを読みました。
「実は、父が亡くなりました」と、佐野さんは答えていて、自分の予感が的中したことにものすごくびっくりしたことを覚えています。
「ハッピーエンド」が、お父様のことを歌っているということを知ったのは、それからずっと後、「Sweet16」再現ライブの時でした。
ヌー
2025/07/03
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佐野元春
小学生の頃、ある日突然母と兄、3人での生活になった。
母は子供たちを育てる為に朝から深夜まで働いてくれた。
その後、兄が1人暮らしを始めて夜はいつも1人になった。中学生になり
周りの友達の暮らし振りを横目で羨ましく思いつつ
漠然と自分の将来への不安や苛立ちを募らせどうにも抱えきれない毎日を過ごしてた頃
同じ様な境遇でずっと仲良しだった友達がこの曲 アンジェリーナ を教えてくれた。今夜も愛をさがして
このワンフレーズでグッときた
私だ。街に出た訳でも車を待ってた訳でもないけど、私の事を分かってくれてる。見ていてくれてる。佐野元春はそれからずっと私を見守り
時には慰めてくれて
時には力強くはげましてくれて
時には一緒に楽しい時間を過ごしてくれている。
どんな時でも佐野元春がいてくれれば大丈夫。
これまでもこれからも。佐野元春は唯一無二。
かけがえのない存在です。
ありがとう
そして45周年
おめでとうございます!!
フラミンゴ
2025/07/03
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佐野元春
年齢を重ねて来ると、親兄弟を含め親しい人との別れが突然やって来ます。そんな時「失くしてしまうことは悲しいことじゃない・・・」「失くしてしまうたびに君は強くなる・・・」「破れた胸のどこかで・・・輝き続ける」「さよならBlue There's a rainbow in my soul」と全てのリリックが胸に染み込んで涙が流れて来ます。リリックは「亡くして」ではないけれど、人を亡くすことにより色々なこと思いものを「失くし」ます。この曲を聴いていると我慢して頑張っていた私に「もう無駄丈夫楽になって」強く生きて。と言ってくれているような気がします。泣いて泣いて、Blueな心とさよならして空を見上げ笑顔を取り戻す。そしていつでも心に虹がそっと輝いています。母が急死した時、数日後に雨が降りふと空を見ると大きな虹が出ていて・・・母からの最後のメッセージ「レンボー・イン・マイ・ソウル」泣いていないで「強く生きて」と言ってくれているようでますます「レインボー・イン・マイ・ソウル」は大切な曲になりました。
MOON
2025/07/03
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佐野元春
1987年8月阿蘇アスペクタのビートチィルドオールナイトライブ最後に登場 雨も止み 正に 朝がくるまで君を探してる 歌詞とライブのシチュエーションがぴったりでサイコーでした。
ヒデロック
2025/07/03
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佐野元春
高三の時に初めて次男が佐野さんの曲いいなぁと言った曲は「だいじょうぶ、と彼女は言った」。そして、4年後のこの春、悩みを抱えてた次男を迎えに行った時に聞いたHAYABUSA JET 1の「だいじょうぶ、と彼女は言った」。
その後帰省し気持ちも取り戻し、就職も決まり、今は残りの大学生活を新潟で頑張っています。もう、あの時の事は忘れたみたいにイキイキして、そういう未来が来て嬉しいです。
どんなに落ち込んでも、先に進めば明るい未来が待ってるんだなと、母親としてどう声をかけていいかわからず、二人でイヤフォンで聴いた2曲の「だいじょうぶ、と彼女は言った」と、次男と、構内から見えた線路がワンセットの記憶として心に残ってます。特別な想い出と特別な曲になりました。
佐野さんありがとうございました。
ツリー
2025/07/03
佐野元春
1980年、シングル『アンジェリーナ』でエピック・ソニー(現:ソニー・ミュージックレーベルズ)よりデビュー。日本のロックにおいて言語・音楽・映像等での先進的かつ革新的な表現を追求。DJ・雑誌編集・パーソナルレーベル(M's Factory)展開等の多岐にわたる活動と併せて常にアグレッシヴな発信を続ける。
1992年発表のアルバム『SWEET16』が第34回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。インターネット時代の到来を予見し、1995年に公式ウェブ・サイトを立ち上げ、1998年には国内初のライヴ有料生配信「地下室からの接続」を開催、現在も先駆的・実験的な活動を展開中。
2004年、独立系レーベル「Daisy Music」を設立。2022年、40年間の活動が評価され第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2025年、デビュー45周年を迎え、3月に自身のクラシックスを新世代に再定義したアルバム『Hayabusa Jet Ⅰ』をリリース。7月からは20周年を迎えたTHE COYOTE BANDと共に全国でアニヴァーサリー・ツアーを行う。
1992年発表のアルバム『SWEET16』が第34回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。インターネット時代の到来を予見し、1995年に公式ウェブ・サイトを立ち上げ、1998年には国内初のライヴ有料生配信「地下室からの接続」を開催、現在も先駆的・実験的な活動を展開中。
2004年、独立系レーベル「Daisy Music」を設立。2022年、40年間の活動が評価され第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2025年、デビュー45周年を迎え、3月に自身のクラシックスを新世代に再定義したアルバム『Hayabusa Jet Ⅰ』をリリース。7月からは20周年を迎えたTHE COYOTE BANDと共に全国でアニヴァーサリー・ツアーを行う。
Shared Episodes
コヨーテver.のSOMEDAY間奏はアルバムver.のサックスに代わって佐野さんが吹くハーモニカすごく好きな私…ん?
今気づいたがもしかして!
HAYABUSA JETセカンドでついに⁈
コヨーテ佐野さんハーモニカver収録されたりしますかSOMEDAY??
(閑話休題)
一昨年2023年はスペシャルな「SOMEDAY」をあちこちで演ってくれて嬉しかった!
「今、何処」ツアー当初ファイナル設定だった9/3東京国際フォーラムAで佐野さんMC
「でも僕はまだ、こうして続いてる」
からのゲートリバーブドラムが時空を突き破ったSOMEDAY!ホールが一気にスタジアムサイズへとビッグバンしたよ万歳激エモ!
とか
リアルオーラス公演10/10 ZeppSapporo佐野さんMCききながら「あツアーラスト曲SOMEDAYだな」と察した次の瞬間「あ」左手首に巻いてた「ごえん玉」付き自作ミサンガ切れた!
ぎぁなんで今?!最後のSOMEDAYはお守り無しで約束してくれた君=リアル私が
「まだまにあいますように」
リアル魂でブチあげろってか?っしゃやったろー万歳手拍子結果激エモ大団円!
とか
CDJ2324幕張メッセ12/30イク前夜。私の夢に渋谷陽一さん降臨!って佐野さんFacebookでしか見たことない方ですけど満面の艶ツヤ笑顔で
「佐野元春のステージは必見!みんな観よう!」
って呼びかけるからそーだそーだ!って一緒に盛り上がったんだけど夢から覚めて私なりに考えて「今、何処」ツアー最後に切れたミサンガから「ごえん玉」だけ外して幕張へ持参。
そしたら本番COSMO Stage4曲めエンタテイメント!演奏後に佐野さんMC
「早く良くなって、またあの不敵な笑顔をみせてほしいと思います。(渋谷さんに)感謝をこめて」
からのSOMEDAY!最多出場を誇るCDJでまさかの初演奏だったってホンマでっか激エモ!!
とか
とか
もうねサイコーエモスペシャルな「SOMEDAY」連発イヤー2023年だったのです。昨日のことのように思い出せちゃう。
今日は2025年7月3日、木曜日。
お昼に45周年ツアーファイナル横浜BUNTAIライブの詳細が発表されましたね。明後日いよいよツアー開幕初日さいたま市文化センターもちろんイキます。
マニジュガール=不肖私がだからもう一度何度きいてもあびてもエモい「SOMEDAY」コヨーテ佐野さんハーモニカver.だいすきだから。今ツアー各地のライブで聴きたいからめっちゃ楽しみにしてますネ♪