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この曲が発表されたとき、
私は、MOTOは61歳じゃなくて16歳の間違いじゃないのか、と思った。
だけど、16歳の少年が、こんなかっこよく歌えないだろうしなあ、などと思いを巡らす。ライブでは、イントロのところと、
♪恋に落ちればもう〜
のところで、
MOTOが両腕を広げる。私も、そのとき、そのポーズに合わせて、
両腕を広げてみたいな、と思っていた。
だけど、隣の人に迷惑してしまう…よね、、。確か、2022年、Where are you now@カナケン、では、席こそ後方だったけど、
私の左右には元春音楽で育って、すでに成人した息子たち、という幸せな状況がやってきた。悪いけど、母は、元春さんに合わせて、
純恋が来たら、両腕を広げるからね!と、予告した。
そして本当にそのチャンスが巡りきて、
念願だったそのことを実行した!迷惑だよ、と、笑う息子たち。
ごめんね。
この思い出もずっと色褪せることなく、
記憶にとどまり続けるんだろうな、と思う。
Masako
2025/05/15
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ハートビート…心臓の鼓動、車のウィンカー、こちらへの手まねき?
こっちこっち…
心凍りついていた10代。良いものをキャッチするアンテナは人一倍鈍かったはずなのに、
佐野元春さんにだけは反応した私の心のアンテナ。ガラスのジェネレーションをかいた佐野元春さんってやっぱりすごい人なんだ。。
静かに私の心に感動が広がってから、30年近く時を経た、2000年代後半。
小学校に上がったばかりの次男からの、リクエスト。
「お母さん、もう、寝るから、ハートビートかけてくれる?」そう、これは、彼の睡眠ソングとなったのでした。
Masako
2025/05/15
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発表されてすぐ、聴いた。
「あなたがたは、互いに愛し合いなさい」という、聖書の中のことばがすぐに思い起こされた。
「互いに愛し合う」。どんな世界だろう。
私にはなかなか想像がつきづらいかもしれない。自分のところに生まれてきてくれた子供たちには、自分が味わったような辛い思いはさせたくないと思ってた。
それはある意味で、そうすることができたかもしれないけれど、愛に溢れた環境に身を置かせてあげられたとは言えないことが、子供達に申し訳なく思う。次男は、長男がすごく愛してくれた。(歳は3つしか変わらないのに。)多分それゆえに、多くを守られたと思う。
その長男は、社会人としては自立し、とても充実して見える一方で、(愛する弟以外の)人に対して心を閉じすぎなように思えて心配だ。でも、そんな彼も、小さい頃から元春音楽になじみ、大きな影響を受けてきた。
愛なんて、絵空事、とでもいうかのような発言をしながら目を伏せることのある彼が、
この曲に、楽しそうに身を委ねる。
そこに一筋の光を見る。
この曲を楽しめるなら、きっといつか、愛の謎が解ける日が来て、人と温かく心を通わせる有意義な人生を歩んでくれるようになる、と思える。私のことも、子供達のことも、救い続けてくれて、ありがとう、MOTO。
追伸。ライブはすっかり、オリジナルの前奏が始まる前に、さらに16小節前奏が加わったバージョンが定着した気がする。このバージョンが、大好きです。
Masako
2025/05/14
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20110311東日本大震災。私は渋谷区の自宅にて。3月12日東京国際フォーラムAホール30周年公演のチケット持ってましたが。
翌13日Moto'sバースデーにはMWS(佐野元春オフィシャルサイト)に『それを「希望」と名づけよう』が掲げられて。翌週22日のNHK元春レイディオ・ショーのラストナンバーが『太陽』でした。
私Twitter過去ログ消去しちゃったんです2014年春以前のぶん全部。理由のひとつが震災当日のタイムラインで当時関係してた人にフラれたの思い知って秒で底無しヤミに堕ちた件。なので
証拠不十分&不肖私の自白でしかないけどぇこれ?
エアリプ?!MRS聴き終えた深夜に病みヤミ闇ツイート永遠に連投する私のタイムラインに
スッと差し込んだ一条の光ツイート?!
超仰天からの条件反射的に「大丈夫です」とエアリプ返してリンク先のYouTubeに飛んだら
なんと『太陽』のライブ映像がUPされてました。
UP日24日だったのね…私どんだけ病んどったんって話ですがそこから私どんだけ観たん『太陽』って話でもある!MWSがライブ動画掲載の件をツイートされたのは28日になってからでしたね。底無しヤミに落ちてゆく不肖私を
すんでのところですくってくれた
それが『太陽』
私にとってのセーフティネット…当時は命綱ってツイートしたかも?言い尽くすなんてムリなウルトラスーパースペシャルな『太陽』!のちに
2016年8月「THIS」国際フォーラムAホールと
2019年12月「ロッキンクリスマス」熊本城シビックホール(最前ドセン!)で
ナマ『太陽』どっさり浴びることができました=不肖私イキながらえました=あの日YouTubeに『太陽』UPしてくださったおかげです。
ありがとうございます。
あの日から1ミリも減らないウルトラスーパースペシャルサンクスをお伝えするためにも「佐野元春45周年」めいっぱい応援支援します!
ゆきねこ
2025/05/14
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なんなんだ、この「希望感」は✨✨
最初に聴いたときの感想は、ことばに直すとこんな感じでした。まだ、10代。でも10代にして、お先真っ暗かもしれない感があった中で、
「Someday いつか」。この単語が、
「この希望は、失望に終わることはない」という聖書の一節と共鳴して、何の根拠もなく、希望がないことはないんだ、と、思わせてもらい続けました。時が経ち、30周年。震災で延期されたツアーファイナルは2days参加。
「どんなに、いい音楽を作っても、発見してくれる人がいなかったら、そんなものは何の価値もない。みんな、この曲を発見してくれてありがとう。
これは、みんなの歌だ。
…でも…でも、ちょっと待って。
やっぱり、僕の歌だ。僕の歌だ。」
こんな内容のMCに涙腺崩壊したのは、
きっと私だけではないと思う。2daysの2日目は、もう、わかっていることだから、
泣かないだろう、と思っていた。
なのに。
2日目も、涙腺は決壊した。。
いや、その後も、繰り返し映像でこのシーンを見るたびに、自然と泣けてくる。どんな状況でも、希望というのは、失われないものなんだ、と、心に刻まれることによる感動、
そして、
「やっぱり、僕の歌だ。」
と、大事なことだから、2回繰り返した、佐野元春さんという人への感動、
ダディ柴田のおそらくアドリブだった、あのサックスのソロをそのままコピーした山本拓夫さんの姿への感動。。この楽曲を通して、もらう希望は、失われるどころか、むしろ年々、増しくわわっていくかのように、
今、思う。ありがとう、MOTO😌
Masako
2025/05/13
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名盤ライブのチケットを取得できた時、予習復習のために何度もCD聴きました。聴けば聴くほど好きになった曲で、スマホの着信音に設定しました。
しばまま
2025/05/12
佐野元春
1980年、シングル『アンジェリーナ』でエピック・ソニー(現:ソニー・ミュージックレーベルズ)よりデビュー。日本のロックにおいて言語・音楽・映像等での先進的かつ革新的な表現を追求。DJ・雑誌編集・パーソナルレーベル(M's Factory)展開等の多岐にわたる活動と併せて常にアグレッシヴな発信を続ける。
1992年発表のアルバム『SWEET16』が第34回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。インターネット時代の到来を予見し、1995年に公式ウェブ・サイトを立ち上げ、1998年には国内初のライヴ有料生配信「地下室からの接続」を開催、現在も先駆的・実験的な活動を展開中。
2004年、独立系レーベル「Daisy Music」を設立。2022年、40年間の活動が評価され第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2025年、デビュー45周年を迎え、3月に自身のクラシックスを新世代に再定義したアルバム『Hayabusa Jet Ⅰ』をリリース。7月からは20周年を迎えたTHE COYOTE BANDと共に全国でアニヴァーサリー・ツアーを行う。
1992年発表のアルバム『SWEET16』が第34回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。インターネット時代の到来を予見し、1995年に公式ウェブ・サイトを立ち上げ、1998年には国内初のライヴ有料生配信「地下室からの接続」を開催、現在も先駆的・実験的な活動を展開中。
2004年、独立系レーベル「Daisy Music」を設立。2022年、40年間の活動が評価され第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2025年、デビュー45周年を迎え、3月に自身のクラシックスを新世代に再定義したアルバム『Hayabusa Jet Ⅰ』をリリース。7月からは20周年を迎えたTHE COYOTE BANDと共に全国でアニヴァーサリー・ツアーを行う。
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Show Real...
この曲に出会って5年ほど経ち、
中学3年生になっていた長男。
そう、高校受験だ。
中2の夏に見つけた都立の志望校は、
ほとんど新設校。
穴場を見つけた、と喜んでいたのが、
その冬の入試で、突然、高倍率の人気校となってしまった。
「表面的に基準値として公になっている偏差値の学力では、かなり厳しいと思います。
N君の場合は、最低でも偏差値を10上げるくらいでないと難しいです」
と、中3のはじめに、塾の先生からの厳しい言葉があった。
それを伝えると、いとも簡単に、
「わかった。10あげればいいんだね?」と。
偏差値を10上げるって、相当なことだと思うのだけど。。
しかし、その次の模試だったか、
「お母さん、やったよ!」とその結果を見せてくる。
「え!?すごいじゃん!!」
その後の彼の言葉が
「人はやりたいことをやればいいんでしょ?」。
ウィンター・ツアーのファイナルが東京国際フォーラムでもたれた日に行われた都立の入試。(もちろんこの日のライブは断念です😅)
その時の乳歯を経ても、トップ高にはならなかったとはいえ、前年同様、彼にとっては厳しい高倍率となった入試を見事に乗り越え、その高校に進むことができました。
ありがとう、MOTO。