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佐野元春

佐野元春

1980年、シングル『アンジェリーナ』でエピック・ソニー(現:ソニー・ミュージックレーベルズ)よりデビュー。日本のロックにおいて言語・音楽・映像等での先進的かつ革新的な表現を追求。DJ・雑誌編集・パーソナルレーベル(M's Factory)展開等の多岐にわたる活動と併せて常にアグレッシヴな発信を続ける。
 1992年発表のアルバム『SWEET16』が第34回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。インターネット時代の到来を予見し、1995年に公式ウェブ・サイトを立ち上げ、1998年には国内初のライヴ有料生配信「地下室からの接続」を開催、現在も先駆的・実験的な活動を展開中。
 2004年、独立系レーベル「Daisy Music」を設立。2022年、40年間の活動が評価され第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
 2025年、デビュー45周年を迎え、3月に自身のクラシックスを新世代に再定義したアルバム『Hayabusa Jet Ⅰ』をリリース。7月からは20周年を迎えたTHE COYOTE BANDと共に全国でアニヴァーサリー・ツアーを行う。 
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みんなのエピソード

(579件)
  • 高校1年か2年。
    高校の昼休みに、放送部がかけてた「Wild Hearts」を初めて聴く。
    尾崎豊を教えてくれた親友だった彼から、
    「これが(噂の)佐野元春やで」
    と聞き、
    「ヘー、ブルーススプリングスティーンみたいやな」
    と言ったのを覚えている。

    「~の人も、~の人も、っていう曲は知ってるけど」
    と彼は言っていたが、彼自身はあまり興味が無かった様だ。

    その後、レンタルレコード屋で「cafe bohemia」を借りる。
    これが初めての佐野元春だった。

    そんな俺を見て母親が、
    「あっちゃん(近所の大学生)は、洋楽しか聴かないんだけど、
     唯一聴く日本人は佐野元春なんだって」
    と言った。

    なんだそりゃ。
    そんなに凄い人なのか。
    母親に頼んで、持ってる全てのレコードを借りた。
    そこには手紙が添えられていて、
    「ダウンタウンボーイ」のシングルはアルバムとはバージョンが違うんだよ、
    みたいな事が書かれていた。
    他にも解説してくれていた様な記憶が有る。
    この出来事は大きかった。
    イメージとして、普通の邦楽とは違う、というのが、
    摺り込まれた様な気がする。

    「cafe bohemia」はオシャレだった。ジャケットも。
    DCブランドかぶれの当時の俺には、何かピッタリだった。
    尾崎豊ほど直接的じゃない、社会への抵抗を感じた。

    それから大学へ。
    つきあっていた彼女も佐野元春を好きになってくれて、
    一緒にコンサートへも、たくさん行った。
    初めてのデートでは、クリスマス、12月25日、心斎橋ミヤコで、クリスマスタイムインブルーの12インチを買って渡した、無理矢理。それから。

    チケットぴあに、開店前から並んだ。
    バイトの友達も佐野元春ファンだった。 (その名も佐野くん、だった!)

    クリスマスの神戸国際会館、「二人のバースデイ」の替え歌、クリスマスバージョンや、偶然、横浜に旅行した時、スタジアムの横を歩いていたら聞き覚えのあるメロディが聞こえてきた。ライヴの音声が漏れて聞こえてきたんだ!

    いつも僕の近くに彼の音楽があった。
    デートの時、カーステには大体彼のカセットだった。だけど。

    就職して、東京に行って、バックバンド、ハートランドが解散した。
    それがショックだった俺は、「Fruits」アルバムをあまり聴いた記憶が無い。
    彼女とも別れた。
    フラれた後、未練たらしく、コンサートに誘った。
    フルーツツアーか、ホーボーキングツアー。覚えてない。
    来てくれたけど、海外旅行帰りの彼女は横で座って眠っていた。
    これが最後の佐野元春だった。
    結婚したヨメ、周りの友達にも佐野元春を聴く人は居なかった。そんな中で、彼の音楽を殆ど聴くことはなかった。

    そこから「coyote」アルバムに飛ぶ。
    「fruits」アルバムが96年。「coyote」アルバムが07年。
    発売日に買ってないから、12~13年のブランク。

    多分08年頃、何気なしにツタヤで「the sun」アルバムを借りた。
    なんでやろう。思い出せない。
    多分、web上で評判が良かったから、だったと思う。
    聴いた。年月が経っているのを感じた。
    最初はしっくり来なかった。
    でも佐野元春は佐野元春だった。
    歌詞がオッサンやった。でも、そこが良かった。
    気付くと、ヘビーローテーションになってた。

    で、「coyote」。ツタヤに無いから買った。
    バンドメンバーが違っていた。しかもプレイグスの深沼参加。
    ノーナリーブスの人も。
    やられた。シングルカットの曲で泣いた。何故か。

    少し経ってライブに行った。独りで。
    独りでライブ、に義妹は引いていた。

    で、セルフカバーアルバム「月と専制君主」。
    選曲に興味を持った。amazonでアナログ盤を予約した。
    届いて、聴いた。
    無理をせず、今の声で歌う佐野元春と、完璧な演奏。
    本当に完璧な演奏。
    この歳になって、やっと、ハートランドより、
    ホーボーキング(混成やけど)が好きになった。
    円熟、か。

    いくつかの既出の「H.K.B. Version」を配信で買った。
    ウッドストック録音の「The Barn」も借りた。
    これらが今、最高に好きだ。

    歳をとった歌詞と声。ここがポイントかな。
    高校1年生から56歳まで、好きでいるとは思わなかった。
    でも、これからも聴き続けるだろう。

    ちょり 2025/04/21
  • 矢野さんとのデュエットがすごく心地よくて、寝る前に聴くと穏やかに明日を迎えられそうな気がして好きなんだな〜

    いぬへい 2025/04/21
  • 中学生の頃、つまらない大人にはなりたくない❗️のフレーズに心躍らされ私の青春を駆け抜けたソングライター。
    それが45年経って、タイトルになるとはまさに感無量。
    まさに思春期の思い出の曲です。

    akky 2025/04/21
  • あの頃の喫茶店のBGMでよく流れてました
    青春時代を思い起こす一曲です
    あの頃が蘇ってくるかのように感じます

    ventake 2025/04/21
  • あの頃の喫茶店のBGMでよく流れてました
    青春時代を思い起こす一曲です
    あの頃が蘇ってくるかのような

    ventake 2025/04/21
  • 大学生の夏、友人たちと伊豆へ向かった特別なドライブ旅行。自慢のカーステレオと手作りの「ドライブミックス」カセットテープが、あの日の主役でした。

    東名高速を走りながら、窓を少し開け、夏の風を感じつつ「Sugartime」を大音量で流した時の解放感は格別で、サンセットタイムに海岸線をドライブしながら聴いた「Sugartime」は、まさに青春の1ページそのものでした。

    今聴いても、あの夏の匂いと光、そして友人たちとの笑顔が鮮やかによみがえります。伊豆の海と空、若さと友情、そして音楽が溶け合った、かけがえのない青春の思い出の1曲です。

    けんけん 2025/04/21
  • 19年前に開催されたTour 2006 星の下 路の上のライブDVDを観て佐野さんの音楽の虜になりました。その時に聴いた星の下 路の上が最初のコヨーテバンドセッションだったので自分の中で思い出深い1曲です♪またライブで聴きたいな。佐野さんデビュー45周年おめでとうございます!これからも我が道を突っ走って下さい。応援しています。

    ツッキー 2025/04/21
  • まだ中学生の時、年上のいとこにこの曲を教えてもらい衝撃を受けた曲。歌詞もメロディもすべてに心臓がドキドキしたことを覚えている。電気が走るとはこのことか、というような。
    こんなアーティストは他にいない。今でも変わらず、歌い続けてくれていることに感謝。

    jun☆ 2025/04/21
  • 学生の頃、大人になってから、そして今でもくじけそうな時に何度も何度も私を救ってくれた曲です。恋人と別れて上京した時期は、辛くなると何度も聞いて自分を励ましていました。
    45周年おめでとうございます!

    ま~ちゃん 2025/04/21
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