この曲に寄せられたエピソード
(55件)-
結婚前、妻と付き合っていた頃、30年ほど前になりますが、カラオケが流行っていた時代です。その当時、今もですか、十八番で歌っていました。妻は、私がカラオケで歌うのを聴いて初めてこの曲を知ったそうで、お気に入りの曲になり、私の影響も相まって浜田省吾と言うソングライターの曲をよく聴くようになりました。浜田省吾のイメージも良い方に変わったようでした。当時は、遠距離とは言えないかもしれませんが、車て片道1時間以上かけて会いに行っていました。若かったし、寝る時間を削れば少しでも一緒の時間が増えると思って、短時間睡眠も苦にならなかったかな。行き帰りの車中で、時には一人で、時には二人で浜省の曲を聴き、歌いながらハンドルを握っていました。ある日、お互いの仕事の都合で合えず、電話(携帯電話やスマホのない時代)で話していた時に、妻から「もう一つの土曜日」を歌って欲しいと言われ、必死で受話器を握りしめ、受話器越しに歌ったこともありました。
今では、結婚して30年が経とうとしています。二人の人生、常に浜省の曲が共にあります。コンサートもいつも二人で参加し、声と両手を上げ、非日常を満喫し、明日への糧をもらっています。子供たちも常にかかっている浜省ソングを聴いていますし、コンサートにも家族で参加し、良い思い出です。会社で、私と同年代の浜省ファンの方と、コンサート等の話題で盛り上がることもあるそうです。
どの曲が好きですかと問われても、一つに絞れませんが、妻との一番最初の思い出の曲として、エピソード投稿いたします。
私たちの思い出のシーンのBGMは、浜省ソングです。これからの人生も、浜省ソングと共に歩んで行くはずです。きっと多分絶対。
坂ちゃん
2024/09/13
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当時付き合っていた彼と会えない時間、本当に眠れずに泣いていました。
今、どこで何をしているのか連絡もできずに…。
そして彼と別れる事を決意させたのが悩み事を相談していた男友達。「もう彼のことは忘れてしまえよ」
そのままのセリフを言われて気持ちが抑えきれなくなり号泣しました…
そして男友達だった彼が現在の夫です。
夫婦で浜田省吾さんが大好きでコンサートに一緒に行って喜びを共感しています。
私の頬に伝う涙を乾かしてくれた夫に感謝です。ON THE ROAD 2023のコンサートで、
省吾さんがもう一つの土曜日を歌う前に話していた気持ちがとても心に響き、
結婚した私達そのものだったので、初めてコンサートで聴いた時に、当時の事を思い出して気持ちが込み上げてきて、
歌を聞いている時にまた泣いていました…。
隣りにいたご夫婦の奥様に慰められてまた泣いて…恥ずかしい。。私達にとって「もう一つの土曜日」は大切にしたい思い出のある曲です。
ずっと歌い、語り継がれて行って欲しいです。省吾さん、素敵な曲をありがとうございます。。
may
2024/09/09
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今から35年くらい前、当時付き合っていた彼女とは、高校時代に付き合い始め、お互いギターで弾き語りを楽しむ趣味を共有し、地元の誰も来ない山の中の隠れた神社の社殿に腰を下ろし、よくギターを弾いていました。
高校卒業と同時に、彼女は地元の看護学校へ、私は神奈川県の大学へ進学、遠距離恋愛の始まりでした。
4年間、週に一回くらい、近くの川沿いにある公衆電話に100円だまを数枚握りしめ、寮生活を送る彼女へ電話し、月一回くらのペースで彼女は、私のオンボロアパートへ通い、一晩過ごして帰るという、そんな日々を過ごしていました。
大学卒業後、私は東京の会社へ就職し、彼女は、地元で看護師として働いていました。
そのころ、18枚目のシングル『LONELY-愛という約束事』が発売され、そのB面に収められていた『もうひとつの土曜日』がすごくよくて、そのEP盤を彼女に贈りました。
そして、「地元へ帰ろう」「彼女のそばにいて、指輪を贈ろう」と心に決め、地元へ戻りました。
「子供の頃、君が夢見てたもの、叶えることなど出来ないかもしれない。ただ、いつも傍にいて、手をかしてあげよう。受け取って欲しい、この指輪を。受け取って欲しい、この心を。」
と、しかし数か月後、私の青春は幕を閉じたのでした。指輪も贈れず、なぜ彼女が去っていたのかもわからず。
あれから35年、こんな話をするなんて思ってもみませんでした。
Lemon
2024/09/04
今から35年くらい前、当時付き合っていた彼女とは、高校時代に付き合い始め、お互いギターで弾き語りを楽しむ趣味を共有し、地元の誰も来ない山の中の隠れた神社の社殿に腰を下ろし、よくギターを弾いていました。
高校卒業と同時に、彼女は地元の看護学校へ、私は神奈川県の大学へ進学、遠距離恋愛の始まりでした。
4年間、週に一回くらい、近くの川沿いにある公衆電話に100円だまを数枚握りしめ、寮生活を送る彼女へ電話し、月一回くらのペースで彼女は、私のオンボロアパートへ通い、一晩過ごして帰るという、そんな日々を過ごしていました。
大学卒業後、私は東京の会社へ就職し、彼女は、地元で看護師として働いていました。
そのころ、18枚目のシングル『LONELY-愛という約束事』が発売され、そのB面に収められていた『もうひとつの土曜日』がすごくよくて、そのEP盤を彼女に贈りました。
そして、「地元へ帰ろう」「彼女のそばにいて、指輪を贈ろう」と心に決め、地元へ戻りました。
「子供の頃、君が夢見てたもの、叶えることなど出来ないかもしれない。ただ、いつも傍にいて、手をかしてあげよう。受け取って欲しい、この指輪を。受け取って欲しい、この心を。」
と、しかし数か月後、私の青春は幕を閉じたのでした。指輪も贈れず、なぜ彼女が去っていたのかもわからず。
あれから35年、こんな話をするなんて思ってもみませんでした。