この曲に寄せられたエピソード
(55件)-
To say I’ll make your dreams come true
would be wrong
But maybe darlin’ I could help them along40年前、ものすごくかわいい娘(こ)と知り合って、
「こんな娘と付き合える男(やつ)は幸せだろうな… まっ、俺とはレベチだ、吊り合わない」
と思っていた娘に、上の“もうひとつの土曜日”の一
節を用いて告白したら、まさかのOK‼︎
今まで生きてきた中で最高の時間を過ごすことができました
結婚したのは違う女(ひと)ですけど…
でも今一緒にいる女房は、誰よりも愛おしい女です
zappi-kun
2024/08/15
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高校1年生の時、私と友人はそれぞれ3年生の先輩に片想いしていました。先輩の姿が見えただけで大ハシャギ。楽しい毎日でした。ある日その先輩達とカラオケに行けることに!!その時先輩が歌ってくれたのが『もうひとつの土曜日』なんて素敵な歌なんだろう、と思いました。そして友人の片想いの先輩が歌ってくれたのは『Money』その日以降私たちは、省吾さんにどっぷりハマって行きました。1年後、電話を何時間もかけ続け、ライブチケットが取れた時の嬉しさは今でも鮮明に覚えています。そのライブで、省吾さんを見て多感な私の心は全て奪われてしまいました😆あれから30年経ちましたが、もちろん今でも夢中で省吾さんを追いかけています😊私にとって最高のひとです。
三毛猫
2024/08/11
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職場の先輩から浜田省吾さんの「SAND CASTLE」を聞かせてもらってからファンに。毎日車で聞いていました。同級生6人とカラオケ、飲みに行ったりと遊んでいた時に浜田省吾さんのコンサートが近くの姫路である事を知り6人でコンサートへ。(当時はまだチケット取りやすかった。)その後も近くの鳥取、神戸、大阪と皆で浜田省吾さんの追っかけを。男子3人の内の1人が兄の影響で以前から浜田省吾さんのファンだったとわかり話が合いお付き合い、結婚。結婚式で「もうひとつの土曜日」を歌ってくれました。その後も、2人で追っかけをし、広島、四国へコンサートへ。「星の指輪」も2人共大好きな歌です。
ペコ
2024/08/10
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職場先輩から「SAND CASTLE」を聞かせてもらいカセットテープにダビングしてもらい毎日車で聞いていました。同級生男女6人でカラオケ、飲みにとよく遊びに。その時に浜田省吾さんのコンサートが近くの姫路、鳥取である事を知り皆でコンサートへ。(当時はまだチケット取りやすかった。)男子3人の内の1人が兄の影響で浜田省吾さんのファンで話が合いレコードを借りたりコンサートに2人で行ったりしながら交際が始まり、結婚式では「もうひとつの土曜日」を歌ってくれました。結婚後も浜田省吾さんの追っかけ。「星の指輪」も大好きです。
ペコ
2024/08/10
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「昨夜眠れずに泣いていたんだろう」この切ない歌詞と温かいメロディから始まる歌を保育園に私を預けに行く時やお迎えの時に母がよく車内で流していました。お金にだらしない父に母は私が高校卒業するまで離婚せず我慢してくれ、今ならなぜこの歌をよく聴いていたのか分かります。子育てと家計のやりくりで自分の時間が無かったから。いつも自分は後回しで家族を優先にしてくれたから。誰かに頼ったり話を聞いて欲しかった、自分と重ねていたのだと思います。乳癌、肝臓癌を乗り越え現在も還暦を迎え元気に過ごしてる強い母は私の誇りです。これからは母が自由に健康で過ごせるように、母娘でいつかハマショーさんのライブに行くのが夢です。
さっちゃんのむすめ
2024/08/10
今から35年くらい前、当時付き合っていた彼女とは、高校時代に付き合い始め、お互いギターで弾き語りを楽しむ趣味を共有し、地元の誰も来ない山の中の隠れた神社の社殿に腰を下ろし、よくギターを弾いていました。
高校卒業と同時に、彼女は地元の看護学校へ、私は神奈川県の大学へ進学、遠距離恋愛の始まりでした。
4年間、週に一回くらい、近くの川沿いにある公衆電話に100円だまを数枚握りしめ、寮生活を送る彼女へ電話し、月一回くらのペースで彼女は、私のオンボロアパートへ通い、一晩過ごして帰るという、そんな日々を過ごしていました。
大学卒業後、私は東京の会社へ就職し、彼女は、地元で看護師として働いていました。
そのころ、18枚目のシングル『LONELY-愛という約束事』が発売され、そのB面に収められていた『もうひとつの土曜日』がすごくよくて、そのEP盤を彼女に贈りました。
そして、「地元へ帰ろう」「彼女のそばにいて、指輪を贈ろう」と心に決め、地元へ戻りました。
「子供の頃、君が夢見てたもの、叶えることなど出来ないかもしれない。ただ、いつも傍にいて、手をかしてあげよう。受け取って欲しい、この指輪を。受け取って欲しい、この心を。」
と、しかし数か月後、私の青春は幕を閉じたのでした。指輪も贈れず、なぜ彼女が去っていたのかもわからず。
あれから35年、こんな話をするなんて思ってもみませんでした。