この曲に寄せられたエピソード
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私は、反抗期真っ只中の15の時に、友達のお兄ちゃんから借りた色褪せたカセットテープの中のこの曲を聴いて稲妻が走りました。
そこからは、この曲だけのカセットテープを作り、何度も何度も聴いてギターを始めました。
最初は勿論、姉のバドミントンのラケットでエアギターからはじめました。
高校受験の後、楽器屋のショーウィンドウに飾ってあったギターを見てから帰りました。
やがて高校に入学し、アルバイトをしてから白のエレキギターを買いました。楽譜も買いました。
部活も勉強も恋愛も中途半端だった私に彩りを与えてくれた曲です。
どれも上手くいかなかった青春時代、挫けそうになった時に支えてくれた曲です。なぜ、あの頃あんなに社会や親にイライラしていたのか、今でも分からないですけどね…
むぎの父
2024/09/01
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1979年の秋。
中学校1年生,13歳の私は,放課後,幼なじみのシュンとカツシと甲府駅前を歩いていました。
アーケードの支柱にかけられていた1枚のポスター。シュン 「こいつコマーシャルの歌を歌っている奴じゃん」
カツシ 「コンサートだって。行ったこんねえね(行ったことがないね)」
私 「いっちゃあ(行こう!)」12月25日クリスマスの夜,山梨県民会館でコンサートを初体験しました。
当日の楽曲は全く覚えていません。
ホールの席はガラガラ。
私たち3人は,あちこちの座席へ移ったり,途中,ホール内を探検したり…。
終了後は裏口から楽屋へ忍び込みました。すると,若いお兄さん達数名が出てきて,私たちは彼らの後について外に出ていきました。そこに若い女性が数名集まってきて,サングラスをしたお兄さんにプレゼントを渡したのです。「この人,浜田省吾じゃん」
と指をさした私。全く失礼なガキでした。この時から浜田省吾との日々が始まりました。
当時は,毎日深夜までラジオを聴いていましたが,時々ラジオから流れる浜田省吾の曲やラジオ番組を必ずカセットテープに録音しました。
レコードを買うことも難しく,おこづかいを溜めてやっと買った「ホームバウンド」は宝物になりました。90分のカセットテープに収めたコレクションを毎日,毎日,毎日…,ずっとくり返して聴いていました。
1年経った頃には,ほとんどの楽曲を覚え,どこにいても口ずさむようになり,13歳の少年のかけがえのない存在になっていました。翌年,1981年1月28日に甲府で2回目のコンサートがあることを知りました。
「やったあー!」
チケット販売日の朝,私たち3人は中学校へ登校する前にシャッターの降りた楽器屋の前に並びました。
並んでいるのは私たち3人だけ。
「良い席を取れるかなー」と心配になりながら10時の開店を待っていました。(もちろん学校は遅刻しました)チケットは難なく前から7列目を取ることができました。
さあ,その日から毎日ワクワクです。
コンサート当日が待ち遠して仕方ありません。そんな気持ちでいたある日,私は町中のファンシーショップに入り買い物をしました。
するとなんと,レジに浜田省吾のコンサートチケットが30枚ほど置いてあるじゃありませんか?私 「これ何ですか?」
店員「500円以上買った方に差し上げています」
私 「…」驚きよりも怒りや虚しさに近い感情が湧き,「じゃあ全部もらっていいですか?」と聴くと店員は「ええ,どうぞ」とあっさり答えるじゃありませんか。
「なんていうことなんだ!」。私は憤然極まりない思いでチケットを鷲づかみして学生鞄にしまいました。翌日,私はそのチケットを学校の同級生,先生に売ることにしました。
1枚300円。あっという間に全部売れてしまいました。
でも,1万円ほど手にした中学2年生の私にとってその額は大金です。
申し訳ない気持ちになり,みんなにお返ししました。1981年1月28日当日。
山梨県民会館には,同級生や先生もコンサートに来てくれました。
ON THE ROAD 2005-2007 My First LoveのDVDで浜田さんが言っていた「今度来るとき32人くらい連れてくるんだよー」を実践していたんですよ!会場が暗転し,開演時間がきました。
ステージの真ん中でガッ,ガッ,ガッとブーツでキックする人の影…
「ワン,トゥー,スリー,フォー!」
『終わりなき疾走』が始まりました。その瞬間,スーッと全身の力が抜け,宙に浮いたようなそれまで感じたことのない感覚になりました。
「目の前で浜田省吾が,『終わりなき疾走』を歌っている。それを今,その声を,その存在を,この瞬間を,俺は味わっている…」。
そんな興奮だったのかもしれません。今でも忘れられない感覚です。あれから45年。
家族で何度もコンサートに行くことができました。
子ども達のスマホにも浜田省吾さんの楽曲がたくさん入っています。
今も妻とコンサートを待ちわびています。日常生活の中にある浜田省吾さんの楽曲は,私にとって空気や水のようなかけがえのないものになっています。
出会えたことに感謝しかありません。
本当にありがとうございました!
Hideshi
2024/08/19
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15の時、通りのレコード店に並べてあったLPを見た時、稲妻が俺の体駆け抜け、すべての夢が走り出し、貧しさも恋のつらさも受け止めた まっすぐに…。
八幡浜市のアーケード商店街に小さなレコード店があって、その店のアニキ(若い頃のポール・マッカートニーに似ていた。)に尋ねたんです。「浜田省吾という歌手はええが⁉️」彼曰く、「この人はええで〜。聴いてみなはい」と言われました。なけなしの小遣いで「君が人生の時」をゲットしました。その後、その店で、毎月一枚ずつ、デビューアルバムから「マインド・スクリーン」までを手に入れました。そんな時、中学校卒業後の3月に松山市でコンサートがあると聞いて、当時、つきあっていた女の子に「一緒に行ってくれるかな⤵︎」と誘って、収容率約10%の松山市民会館の最前列に座って、若い浜田さんの勇姿を眺めてました。彼はアンコールの後で「いつか、この会場を満員にしてみせるから、その時にまた僕の歌を聴きに来てください」と言いながら、トレードマークのサングラスをチラッとはずしながら、ステージから消えていきました。
清水俊勝
2024/08/10
今朝、NHKの朝イチで応援ソングの特集を放送していました 私にとって応援ソングといえば、「終わりなき疾走」一択 20歳前、浜田省吾といえばカップヌードルのCMの人でした それが、何気なく聴いたこの曲で、まさに稲妻が体を駆け抜けました それ以来、この曲が私の応援歌であり、バイブルになりました あれから40年以上経ってしまいましたが、まだまだ走り続けたい、走り続けるぞ!と思わせてくれる曲です