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17歳の夏の終わりに、勉強に恋に疲れた通学途中にふと観た83年10月18日 徳島市文化センターとベニア板に張られた
ON THE ROAD'83と書かれたポスターがありました。
それが私と浜田省吾の運命の出会いでした。
そのON THE ROADはまだまだ続いています。
チコの父ちゃん
2024/08/01
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私と主人は出会ってから30年になります。初めて知り合った時は彼は既婚者でした。いろいろあり、しばらく疎遠になっていましたが、偶然街中で出会った時に離婚したことをききました。そのまままたしばらく間が空いたある日、共通の友人からご飯に誘われて行くと彼がいました。その時の私は両親の事業が失敗し、その借金返済のため毎日朝から夜遅くまでバイトで心に余裕がありませんでした。でも、その時彼から「頑張っていれば絶対良いことあるよ。次の休みはいつ?奢るから好きなモノ食べに行こう!」と言われました。それをキッカケに自然と2人で会うようになり半同棲生活が始まりました。バツ1だし親には反対されていたのでほぼ勘当状態でしたが、自分たちで決めて入籍して2年後、妊娠がわかりました。前妻との間にもお子さんがいるので産むかためらっていた時です。友達とカラオケに行った時に彼が星の指輪を歌ってくれました。もちろん以前にも歌っていたから聞いたことはありました。でもこの時は歌いながら涙を流しはじめて、途中で自分たちの子どもを産んで欲しい。そしていつかご両親に子どもを預けてデートしよう!と言ってくれました。
その一言で産むことを決め、両親に妊娠を方向し和解しました。その時の女は今年22歳に、その後生まれた息子は18歳になります。
昨年のコンサートチケットはその娘と息子からのプレゼントでした。結婚して2人で初めてコンサートに行くことができ,本当に嬉しかったです。生で浜田省吾さんが歌う姿、2人で手を繋いで涙を流しながら楽しみました。
たまママ
2024/08/01
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
59才の親父ですが19の時にバイト先で出会った娘と付き合ってた頃を思い出します。