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浜田省吾
当時アメリカ在住
日本へ一時帰国した際に購入し、アメリカへ戻ってからは繰り返し脅迫メロディー状態。聴いてすぐに気に入り、飽きもせずに毎日一日中聴いていました。そしてある人を好きになりましたが、相手は既婚者。
色々な会で一緒に遊んで楽しかったけど自分は大勢の中の1人。
誰にも言えない密かな想いをずっと抱えていました。そしてその人が日本へ帰国。
もう逢えなくなってしまう現実。ずっとずっとその人のことを考えてばかり。
そして聴く曲は“君の名を呼ぶ"彼がいないことに切なくて苦しくて…愛されるなんて絶対ないとわかっていたけど、想いはつのるばかり…すっごく好きでした。
歌詞と当時の心情がピッタリとはまっていました。この曲を聴くと今でも当時のことを思い出して、彼は元気かなぁと思いを馳せています。
To ricky
2024/09/15
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浜田省吾
同じアパートに住んでいた彼女と話し始め、彼女も省吾の歌が好きだとわかってから、海の中道の野外コンサートにも出かけ、付き合い始めてから3年半後の1985年10月6日、結婚式を挙げた日の夜、省吾のコンサートが地元でありました。(これは運命だと思いました。)
披露宴を終えて大急ぎで会場に向かい、すでにライブは始まっていましたが楽しむことができました。当初、披露宴で「愛しい人へ」を妻がピアノを弾き、私が歌うということで進めていたのですが、時間が取れず断念しました。
前回のROADで演奏されたのを二人で聴き、懐かしく思い出すことができました。
P.S. 以前この話をFMラジオで紹介した際にゲストで来ていただいていた町支さんに「ウエデイングドレスで来たんじゃないですよね」とコメントしていただいたのも思い出です。
へろー
2024/09/14
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
初めて行った浜田さんのライブで聴いて、とても好きになりました!!
今まで車の中でもCDで聞いていましたが、改めて歌詞の良さ、雰囲気に大好きになりました。
受験生にとってゴールは長い長い道のりの先ですが、勇気をもらいながら頑張っていきます💪🏻