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高校生から付き合い始め、25歳まで一緒に青春を過ごした彼女との別れ。その別れ際に車の中で二人で聞いたこの曲。携帯電話が今のように普及していない時代で、今、使用する携帯電話には絶対にかかってこないとわかっていながら、2023大阪城ホールで聴いた浜省。
今でも気にかけている俺さ。
家路
2024/08/01
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まだ浜田省吾と言う名前も知らない中学2年生の私。親友の家に遊びに行った時にその子のお姉さんから今とても人気があると言うアーティストのPVを見せてもらいました。とてもカッコよかったので、レコードを買うお金がない私は、当時流行っていた貸しレコード屋へ走りました。うろ覚えの私はローマ字の名前を見てこれだ!と借りたレコードが12インチレコードの路地裏の少年でした。ちょっと長い曲、渋い声、そしてあの間奏が衝撃的で一瞬で浜田省吾のファンになりました。それ以来ずっとずっと聴いています。ちなみに教えてもらったPVのアーティストさんは別の方でした笑。(Oさんです。)これからも素敵な歌声を届けて下さい。
みき
2024/08/01
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20代のころ 彼に二股かけられて 心が傷ついていたころ テレビから堺正章さんが歌うもうひとつの土曜日が聞こえてきました。
聴きながら涙がとまりませんでした。
このときは まだこの曲が浜田省吾さんの歌だとはしりませんでした。
同じアパートに住む友達に話したところ それは浜田省吾さんの曲だよ。他のも聴いてみる?と言われて CDをお借りしました。他の曲もたくさん心に響く曲はありますが、私を浜田省吾さんの世界に導いてくれた曲はこの曲です。
ここから彼女とずっと一緒に公演に行かせていただいています。
悲しいとき苦しいとき 励まされる曲がたくさんあります。ありがとうございます。
のんちゃんほくほく
2024/08/01
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
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お父さんがお母さんに歌ってた