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学生時代、彼女と付き合い始めの頃、
彼女「どんなファッションが好き?」
私「タイトなブルージーンズ、真っ白なTシャツで…」
彼女「ダっさ…」
かぶせ気味でしたね。
テキサス・ブロンコ
2024/08/11
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高校1年生の時、私と友人はそれぞれ3年生の先輩に片想いしていました。先輩の姿が見えただけで大ハシャギ。楽しい毎日でした。ある日その先輩達とカラオケに行けることに!!その時先輩が歌ってくれたのが『もうひとつの土曜日』なんて素敵な歌なんだろう、と思いました。そして友人の片想いの先輩が歌ってくれたのは『Money』その日以降私たちは、省吾さんにどっぷりハマって行きました。1年後、電話を何時間もかけ続け、ライブチケットが取れた時の嬉しさは今でも鮮明に覚えています。そのライブで、省吾さんを見て多感な私の心は全て奪われてしまいました😆あれから30年経ちましたが、もちろん今でも夢中で省吾さんを追いかけています😊私にとって最高のひとです。
三毛猫
2024/08/11
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「検査の結果、腫瘍が見つかりました」
医師からの突然の言葉に何も言えないまま呆然としました
当時、小学生だった3人の子供を抱え、この先どう暮らしていいのか分からず、布団の中で泣きじゃくる毎日主人と出会うきっかけになった
『DOWN BY THE MAINSTREET』のツアー
私の人生を大きく変えたツアーこの頃のことを思い出し
「私なら絶対乗り越えられる」
と自分を鼓舞し、手術を終え懸命に看病しました幸い腫瘍は陰性でしたが、主人が身をもって私達に命の尊さ、大切さを教えてくれたと思ってます
凛
2024/08/11
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
20数年前会社を辞めて独立したした時にがむしゃらに仕事を取って休みなく働いていた時に この曲がリリースされました。
当時は、こんなこんな親父でカッコ良く家族を養って行くんだって感じ遅くまで仕事して、
終われば職人や仕事関係者と夜遅くまで飲んで帰って居ました。
子供や妻との時間は少なく、仕事関係者と過ごす時間のが多く成って2年くらいの時に、久しぶり家族で食事して
カラオケに行った時に “I am a father”を歌った時
妻から
「パパは窓の明かりがダイヤモンドに見えた時有る?」って聞かれて 酔いが覚めました😱😨
娘も幼く 裕福な生活は出来ても、寂しい想いをさせて居るんだって痛感させられました😥
その時に曲の意味と想いを、穿き違えていた自分に気付きました
それ以降、仕事も少しずつ減らし家族との時間を増やして来ました
家族との関係を解らせてくれた曲です。
今は仕事減らして大変だけど、家族喧嘩もするけど仲良く
老後を過ごしています!