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中学生の頃好きだった彼には思いを告げずに高校生,大学生になっても
友達としてずっと仲良くしてました。
彼が恋人の話をきかせてくれるのですが、その度に胸の奥がちくっとしてました。
別れた話が出た時は,彼を慰めていながら、ちょっと安心したりして。
モテる人だったから、恋人として、そばにいるのは
落ち着かないだろうな、浮気されてなくのは自分だ、と友達でいようと思っていました。
歌の歌詞の通り、彼が友達として接してくれて、ずっとこの関係が続けばいい、そんな気持ちでした。
初めて,この歌を聞いた時は自分のことみたい、と涙が出たのを覚えています。
私も違う人との恋を選んで、確かにその人のことは好きだったけど、彼のことは絶対消せない。
結婚した今でも、です。
多分,死ぬまで好きなんだと思います。彼の存在が、支えだったから。
You are the best friend in my life❣️
J-Girl.Sakura
2024/08/02
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私は高校時代、野球部のマネージャーをしていました。
部員は試合の出来る9人がなんとか揃う程度。
練習は週に数回。
対抗試合は全て負け。
そんな弱いチームでしたが、夏の大会に向けて合宿して気合いを入れてました。
マネージャーの私は慣れない料理や洗濯。
美味しくない料理も部員は我慢して食べてくれました。
きっとやり慣れない練習のキツさに一刻も早く休みたかったのでしょう。後数日で大会が始まるというとき、
1人の部員がキャプテンと喧嘩して退部してしまいました。
彼は私と幼馴染の同級生で、私が密やかに好意を持ってる子でした。
彼を欠いた大会でしたが、組み合わせが良かったのか奇跡的に一回戦を勝利しました。
その後の合宿所での打ち上げはOBも駆けつけて大賑わいでした。
もちろん、二回戦に勝てる訳はなく、私達の夏は終わりました。
後から人づてに、
彼が、野球を続けたかったと言ってたと聞きました。
出来れば、あの歓喜の中に彼も一緒に居て欲しかった。
いまでもそう思ってます。
この曲の
『雨上がりの芝生の匂い、、ただ好きなだけ、、』
の部分を聴くと、
高校のグラウンドの匂いと彼の笑顔が思い出されてキュンとしてしまいます。
ゆずママ
2024/08/02
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大学に入学して間もなく初めてできた彼氏のアパートで良く聞いていたのが浜省のJ.Boyでした。サークル仲間だった彼と付き合って1年後、急に私に『他に好きな人ができて、(お前が)2番目になった』と言って、別れることになりました。毎日授業を受けながら泣いていたけど、私の方が彼のことは良く知っているという自信があってなかなか諦めることができませんでした。しかしある時、わたしの同じくサークルの親友と歩いている姿を見かけ、親友は彼の部屋の中にあった彼の腕時計やネクタイをオシャレに身につけていて、それは彼女が彼の部屋に行っている証拠でした。それを見て、私は悔しかったけど、漸く諦めることが出来ました。それ以降、親友とは話さなくなりましたが、大学卒業間近のサークル旅行先のお風呂で、親友とは会話し、別れを言えました。彼氏とは裏切られた思いが大きく、最後まで話せずです。大学を卒業して35ねんになりさ、時折同窓会をするも、彼氏の姿はなし。今、J.Boyを聞くたびにどうしているか、想いを馳せます。
たーちゃん
2024/08/02
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
1994年5月2人目の子どもを授かったことがわかってすぐに切迫流産とひどい悪阻にて入院のため
諦めてたツアー
『ON THE ROAD '94 』が町支さんの病でツアー延期になったため主治医が止めるのを説得しての退院参加できた
もちろん2歳になったばかりの上の子を母に預けての参加
主人と星の指輪をライブで聞いた時 自分たちのために歌ってくれてると錯覚するぐらい感動しました
ライブの最中は 預けた上の子のことも気になったことも思い出のひとつです
お腹の中にいた時から省吾を聞いて育った子どもたちは 曲のタイトルはわかんないけどメロディが流れたら歌詞が出てくるって大人になりました(笑)