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「つまらない大人になりたくない」ともがき、立ち位置を探し求めてた10代後半〜20代の頃。
楽しかったけど、日々葛藤してた。
♪約束の橋 の「今までの君は間違いじゃない」に何度も救われた。
そして、子育てを終え、再び訪れた元春ブーム。
♪紅い月 の「君は少しだけ優しげな顔になって 忘れることだけがとても上手になって」に苦笑しながら葛藤してた頃を思い出した。
さらに、「もう振り向ことはないよ 人生は短い」にドキッとし、今できることを精一杯やろうと強く想った。45周年おめでとうございます。
これからも佐野さんの曲とともに人生を重ねて行きます。
だるま
2025/06/21
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某ローカル番組の最終回で番組内でミニコンサートみたいなものがあり、番組終了が悲しくて涙ボロボロ流しながら見てた時に出演者が歌っているのを聴いて「ええ曲やな」と思い後日その曲が佐野元春って人のと知ってそこではそうなんだで終わっていたが、数年後量販店の店内BGMでかかっているのを聞いてパズルのピースがはまったがごとくあの曲だと繋がってそこからライブ行くようになったきっかけの曲
カサノバ
2025/06/21
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高校時代友人の家に遊びにいた際、たまたま部屋に流れていたSweet16のアルバム。
当然のように翌日から過去のアルバムも含め聴き入ったあの頃。中でも最も心揺さぶられる曲はRock & Roll Nightです。カラオケでも何度歌わせていただいたことか。
いつも素敵な時間をありがとう。
サリオス
2025/06/21
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1980年 佐野元春さんのデビューと同じ年、社会人デビューした私は右も左も分からぬまま仕事に取り組みその年の秋には人生初と言っていい大恋愛
休みになればデートを重ね、ドライブでは車載CDウォークマンからSOMEDAY含むアルバムがヘヴィーローテーション 結婚する事を互いに疑わず三年が過ぎたある日、大阪から愛知への転勤を命じられた
仕事は互いに多忙を極め、その当時の私達にとっては大阪ー名古屋がとても遠い距離だった
転勤して3ヶ月くらい過ぎた頃、彼女が近鉄電車で会いに来てくれたが
それが最後だった
あの頃は家に電話をするしか連絡手段がなく、彼女の声を聞くことは叶わなかった
私に非はあるのだろうけど別れを選択せざるを得なかった本当の意味は分からないまま、慌ただしい日々に呑み込まれていった
それから数年が経ち、仕事関係でカラオケにいくと よく自分には来ないSOMEDAYを歌っていた50代になったある日、単身赴任で暮していた大阪のライブハウスに佐野元春さんが来演されると言うので、独り少し遅く訪れた青春のピースを埋めるようにライブに参加した
ひさやん
2025/06/21
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『SOMEDAY』は佐野元春さんの名曲スタンダードとして認識していましたが、僕がより深くこの曲を聴くようになったのは2004年に公開された『世界の中心で、愛をさけぶ』の中でこの曲が効果的に使われていたのがきっかけでした。
それから、小田和正さんのクリスマスの約束に佐野元春さんが出演された時、この曲の元春さんのパフォーマンスを観たとき、何とも言えない感情が溢れ出してきて、涙が止まらなかったのを覚えてぃます。楽曲の素晴らしさに感動が物凄く押し寄せて来たんだと思います。
せつないVo.メロディと詩とアレンジの三位一体は名曲中の名曲=スタンダードの絶対条件ですね。
ジウ
2025/06/21
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高校時代、アイドルばかり聞いていた(中森明菜、河合奈保子など)。その日たまたま消し忘れそのまま聞いてたラジオから、「だからもう一度あきらめないで まごころがつかめるその時まで」「SOMEDAY この胸にSOMEDAY ちかうよ SOMEDAY 信じる心いつまでも」と聞こえてきて、泣いていた。DJが佐野元春の『SOMEDAY』と言ったのを頼りに行きつけのレコード屋で「佐野元春のLPをください!」と言って、『SOMEDAY』を買った。
自分が知った時はニューヨークにいたらしい。
帰って来てからのアルバム『Visitors』はすぐ買った。
それに伴うVisitorsツアーも見に行った。
Visitorsツアーがビデオ発売されるというので速攻で買って見てみた。
会場の真駒内アイスアリーナへの地下歩道を歩く元春のショットもあった。
ともだちと2人でその場所に行き、同じポーズで写真を撮ったのも今ではいい思い出だ。
mayuyukirin
2025/06/21
佐野元春
1980年、シングル『アンジェリーナ』でエピック・ソニー(現:ソニー・ミュージックレーベルズ)よりデビュー。日本のロックにおいて言語・音楽・映像等での先進的かつ革新的な表現を追求。DJ・雑誌編集・パーソナルレーベル(M's Factory)展開等の多岐にわたる活動と併せて常にアグレッシヴな発信を続ける。
1992年発表のアルバム『SWEET16』が第34回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。インターネット時代の到来を予見し、1995年に公式ウェブ・サイトを立ち上げ、1998年には国内初のライヴ有料生配信「地下室からの接続」を開催、現在も先駆的・実験的な活動を展開中。
2004年、独立系レーベル「Daisy Music」を設立。2022年、40年間の活動が評価され第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2025年、デビュー45周年を迎え、3月に自身のクラシックスを新世代に再定義したアルバム『Hayabusa Jet Ⅰ』をリリース。7月からは20周年を迎えたTHE COYOTE BANDと共に全国でアニヴァーサリー・ツアーを行う。
1992年発表のアルバム『SWEET16』が第34回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。インターネット時代の到来を予見し、1995年に公式ウェブ・サイトを立ち上げ、1998年には国内初のライヴ有料生配信「地下室からの接続」を開催、現在も先駆的・実験的な活動を展開中。
2004年、独立系レーベル「Daisy Music」を設立。2022年、40年間の活動が評価され第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2025年、デビュー45周年を迎え、3月に自身のクラシックスを新世代に再定義したアルバム『Hayabusa Jet Ⅰ』をリリース。7月からは20周年を迎えたTHE COYOTE BANDと共に全国でアニヴァーサリー・ツアーを行う。
Shared Episodes
ポップミュージックに夢中になり始めたローティーンの頃、ラジオから新譜として流れてきたこの曲が大好きになった。メロディの良さもさることながら、歌詞のシリアスさが今聴くとより沁みてきます。12インチのジャケットも本当に印象的で、レコードプレイヤーも処分してしまった今でも「これは手元に置いておきたい」と思わせる一枚。