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当時、彼女と別れ寂しい12月、テレビからこの曲とミュージックビデオが流れ、思わず涙を流した思い出の曲。
モリちゃんマン
2025/05/10
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忘れもしない40年以上も前の大学1年生の時に友人の車のスピーカーから流れてきた「ガラスのジェネレーション」はとにかく今まで耳にしたことのない楽曲で頭をハンマーでたたかれたような衝撃を受けたことを今でも鮮明に覚えています。フォークソングばかりを聴いていた僕が、その後、浜田省吾やブルーススプリングスティーンを聴くきっかけとなった歌でもあります。つまらない大人にはなりたくないと思っていた自分も還暦を過ぎてこの言葉が胸に突き刺さる今日この頃です。
WEST RIVER BAND
2025/05/10
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田舎の中学生だった私が佐野元春の存在を知ったのが、92年この曲でご本人が出ていたテレビCM。直感で「これだ!」と思った。"私の音楽は、ここにある。"
それから33年ずっと刺激を受けて続けております。これからも。
"音楽は力。今君はそれを手にしている。"
リウジ
2025/05/10
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♪Looking for A fight Take Seven!でカッコよく始まるナンバー
😎ひとりじゃないぜ!Hey
ちょっとブルーな時に、いつも元気と笑顔をくれる曲です。
ダディ柴田さんの🎷🎶もとってもカッコイイ👍
H&R(はぴ)
2025/05/10
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2008年春。長年の同棲を解消するため各々の荷物を段ボール箱にまとめていた、ある時。相手の開けっぱなし箱の中身にふと目がイッて
ちょ!そのCD持っていかんといて!
↑と心の中で怒鳴りながら気づかれないように一枚だけ引っこ抜いて私の段ボール箱にしまい込んだ
「そのCD」こそ1984年リリース佐野元春の『VISITORS』ちうアルバム
↑という詞で曲まで作って演ったまであるからたとえ
あんたと付き合う前に自己紹介代わりに贈ったCDアルバムで
共にバンド組んだら真っ先に『NEW AGE』演って他にも
ココには書けんよな肉体音楽人間関係エピソードまつわりすぎるCDアルバムやった
としても
私は
あんたとはお別れしても
『VISITORS』とはこれからも
ずっと一緒にイキたいけん
連れてイクで私が
悪いのぉと声なき声で「憂鬱な恋を競う」プレイにひとり興じてたのが昨日のことのようです。
This is a story about you …me too?!時が経ち
2025年5月現在で私の手元には
2014年リリース DX EDITIONと
2021年リリース THE COMPLETE ALBUM COLLECTION 1980-2004
と合わせて3枚の『VISITORS』CDがあります。
辛気臭い記憶を上書きして余りある価値ある特別盤を2パターンも作ってくださり私的にめっちゃ嬉しい!佐野さんいつもいつもありがとう!
ゆきねこ
2025/05/10
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16歳の春・高校2年になり、クラス替えで同じクラスになり突然話しかけてきたY君。
「佐野元春のナポレオンフィッシュアルバム最高だから聴いてみて!」と渡されたカセットテープ。
今思えば○○アルバム~という呼び方は佐野さんそのもの。彼は相当な元春フリークだったのかもしれない。
アルバム発売から2年弱経った頃だった。(『Sweet16』がリリースされる直前)人の薦めなので気乗りしないまま再生。そして「おれは最低」で停止ボタンを押した。
正直ボーカルも好みではなかった。それから時が経ち2020年。何気につけていたテレビのバラエティ番組で観た佐野元春。
「ハヤブサジェットに改名したい」
このセンスにとてつもなく惹かれた。
歌詞が嘘っぽくて何となく嫌いだった「SOMEDAY」も、この人から出てくる言葉ならば本物なのだろう!と慌てて調べた。時はパンデミックに突入。
社会人になってからは音楽からは離れてしまったが、自粛モードで手にした時間で佐野元春を聴いてみた。
心に刺さった。揺さぶられた。
詩もボーカルも演奏も全て今の自分が求めていたものだった。
それまではライブに行くのも嫌だったが行ってみたくなった。40周年の武道館では1曲目から立て続けに『ナポレオンフィッシュ』アルバムから3曲が続く。
30年前「おれは最低」でカセットテープを止めたため、アルバムの曲順ではそのあとの「ジュジュ」を当時は再生することがなかった。それを40周年の武道館で初めて聴いた。
軽快なテンポ、コヨーテの演奏。たまらなく好きだ。
30年前の自分からは考えられないくらい全身で楽しんだ。
Bitterな16歳の思い出が一気に湧き上がってきて涙が出た。それからはもう止めることなく佐野さんの音楽と共に生きている。
今は高校生の時の青春の続きを楽しんでいるようだ。
あのとき僕に佐野元春を薦めてくれたY君はどうしているだろうか。
今更ながら「ありがとう」と言いたい。
kankan
2025/05/09
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2004年のある日、TV音楽番組「僕らの音楽」を偶然つけた時に流れていたのが佐野元春さんのRock & Roll Nightだった。何となく見ていたが、今まで聴いた事のない音楽に衝撃を受けた。そのおかげで現在も佐野元春さんの音楽にハマり続けている。あの時TVをつけた自分を褒めたい。
ツッキー
2025/05/09
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小学校6年生の時、偶然つけたラジオから流れてきた「つまらない大人にはなりたくない」というかっこいい歌声に、稲妻に打たれたみたいにビビビっときて、それ以来ずっと、嬉しい時も悲しい時も元春の音楽が私に寄り添っていてくれました。
佐野元春の音楽に出会えてよかった。
あの時、ラジオをつけた小6の時の私自身を褒めてやりたいです。
ゴールデンチャイルド
2025/05/09
佐野元春
1980年、シングル『アンジェリーナ』でエピック・ソニー(現:ソニー・ミュージックレーベルズ)よりデビュー。日本のロックにおいて言語・音楽・映像等での先進的かつ革新的な表現を追求。DJ・雑誌編集・パーソナルレーベル(M's Factory)展開等の多岐にわたる活動と併せて常にアグレッシヴな発信を続ける。
1992年発表のアルバム『SWEET16』が第34回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。インターネット時代の到来を予見し、1995年に公式ウェブ・サイトを立ち上げ、1998年には国内初のライヴ有料生配信「地下室からの接続」を開催、現在も先駆的・実験的な活動を展開中。
2004年、独立系レーベル「Daisy Music」を設立。2022年、40年間の活動が評価され第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2025年、デビュー45周年を迎え、3月に自身のクラシックスを新世代に再定義したアルバム『Hayabusa Jet Ⅰ』をリリース。7月からは20周年を迎えたTHE COYOTE BANDと共に全国でアニヴァーサリー・ツアーを行う。
1992年発表のアルバム『SWEET16』が第34回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。インターネット時代の到来を予見し、1995年に公式ウェブ・サイトを立ち上げ、1998年には国内初のライヴ有料生配信「地下室からの接続」を開催、現在も先駆的・実験的な活動を展開中。
2004年、独立系レーベル「Daisy Music」を設立。2022年、40年間の活動が評価され第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2025年、デビュー45周年を迎え、3月に自身のクラシックスを新世代に再定義したアルバム『Hayabusa Jet Ⅰ』をリリース。7月からは20周年を迎えたTHE COYOTE BANDと共に全国でアニヴァーサリー・ツアーを行う。
Shared Episodes
中学2年の頃の僕は尾崎豊に夢中だった。
たまたま席替えで隣になった女子から「◯◯君って尾崎豊好きなんでしょ?なら佐野元春もゼッタイ好きになるから聴いてみて!」と、薦められた。
にもかかわらず、「オレは尾崎だけでいいから。」と突っぱねてしまった。
卒業して僕は男子校へ進学したので当然その子とは別々に。
その頃は尾崎豊だけじゃなく浜田省吾とかも聴いていたんだけど、まだ佐野元春には辿り着かず。
そんなある日、たまたま聴いてたラジオから流れてきた曲。
イントロ聴いた瞬間に「ん?」と思い、たぶん何かを感じたのだろう。
そのまま耳を傾けると、♪街の唄が聴こえてきて真夜中に恋を抱きしめた
「え?何、この曲?タイトル何て言ってた?誰の曲って言ってた?」
曲が終わって、「佐野元春、『SOMEDAY』でした。」と。
これが佐野元春かぁ!
中2のときに佐野元春を薦めてくれた子とは卒業以来、会っていません。
もし、いつかまた会えたらこう言う。
「オレ、あれから佐野元春聴くようになったんだ。今も聴いてるし、これからもずっと聴くよ。」