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今年、母を亡くしました。
この歌はただ何となく自分の頭の中の映像で夜の海と車と雨となにかさみしげな歌という印象でしたが、今は母との人生をこの曲に導かれ過去を振り返ったり今に戻ったり時空を超えて深く共感し、癒してくれ、しっとりとしたやさしい気持ちを連れてきてくれる歌詞とメロディーに改めて感謝しています。
浜田省吾さんの歌詞やメロディーや歌声それからメッセージは私のバイブルです。
akemi
2024/08/01
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2007年7月某日。
初めてコンサートへの参加を許さた記念すべき日。
その日は平日だったので学校帰りに母と会場の最寄り駅で待ち合わせをしました。中には母から託されたライブのキッズTシャツを着て、駅で降りる人全員がライブに参加する人かなぁ?こんな格好で場違いじゃないかとドキドキしながら母親との待ち合わせ場所まで急いだ記憶があります。
その頃の私はもうすぐ15才。
この曲の主人公と同じように恋をして生きて行けるのかなぁと子どもながらに思いを馳せて、少し背伸びしていたように思います。
あれから約15年。本当に多分その通りに生きてきて
省吾さんの曲の主人公と共に成長してきました。
「もし15のあの夏に戻って
そこからもう一度やり直せても
この人生を選ぶだろう
君と歩いたこの道をもう一度歩くだろう」
この歌詞の通りに生きて来れたことに、そしてこれからもその気持ちのまま生きていけるように願いを込めて
おさや
2024/08/01
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初めて聞いた浜田さんの楽曲です。中学2年生でした。あれから40年、聴くたびにあの頃の情景を思い出します。今は離れた故郷とあの娘の笑顔を!
舛田賢治
2024/08/01
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
こんにちは。
妻の影響でファンになり2011年ツアーが初参加でした。
最初の曲がオンザロードだったのですが
初めて聴く曲だった事と周りの雰囲気に圧倒され
オドオドしていました。
その後も知らない曲ばかりで乗れずにいると
妻が「適当について来て!」言われました。
あれから十数年経過しましかなりの曲聴き覚えましたが、
昨年ライブでも初めて聴く曲もありまだまだ
修行が足りないと思っています。