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ON THE ROAD 2001ツアー当時、私は中学1年生でした。
胎教音楽は浜田省吾で、生まれながら浜田さんの音楽にずっと家族と共に慣れ親しんでいました。
あの時のツアーでは、父と2人で参加したのですが
『家路』の演奏中、「どんなに遠くてもたどり着いてみせる」と浜田さんが歌ったところで
隣の席の父がこちらに顔を寄せて
『俺がお前に伝えたいことはこのことなんだ』と私に話しかけました。
父からの想いを確かに受け取られる曲です。
また、そのライブの直後。
ファンクラブ会報が100号を迎え、記念CDが届きました。
そのCDに入っていた曲がまさに『家路』。
なんてタイムリーなプレゼントなんだと、当時の私は大喜びしました。あれから23年。
私も母となり、朝の目覚ましがわりにコンポからは毎朝浜田さんの曲がかかります。
息子は『省吾じーちゃんのお歌』といって口づさみます。
あんみ
2024/08/01
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20歳の頃、当時服飾雑貨の問屋に働いていたのですが、普段有線放送はかかっていないのですが、その日は棚卸しの為、珍しく色々な曲が流れていました。
流行りの歌謡曲が多くかかっていたと思います。
周りには誰もいなく、私一人で小さな1部屋を任されていました。
ふと、印象的なティンパニーのイントロが流れて来て、初めて聴いたイントロなのに、「これは、浜田省吾さんの曲だ!」と、何故かそう思っていたら、「あの子乗せた翼、夜空に消えてく」と、浜田省吾さんの声が聞こえて来て、大感動して思わず泣いてしまいました!(仕事中ですが…)
当時、発売される前の曲を先行してかける事があると聞き、納得しました。
もちろん、後日発売されました。
予知では無いけど、大感動したエピソードで、大好きな曲になりました!
信じてくれたら嬉しいです!
エイル
2024/08/01
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今から35~40年位前?小さなスナックを経営してました。
有線から浜田省吾さんの「片想い」が流れて来て
浜田さんのエピソードじゃないですが…衝撃を受けました💥
素敵な声と歌に胸をうたれました✨
誰が歌ってるのかも分からず←すみません💦そこに居たお客さんに聞いたのを覚えてます。浜省の片想いだよ!って教えてくれました。
そこから、アルバム買いあさり♪すっかり浜田さんのファンになり、知り合いの娘さんの旦那さんも浜田さんのファンて事もありライブに足繁く通ったものです。関東でやる時は「横浜」「代々木」「さいたま」とお決まりのコースでした。
また、是非ライブで「片想い」聴きたいです。
これからも頑張って素敵な歌をオーディエンスに届けてください。
msm
2024/08/01
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
あれは40年前、高2の12月でした
バイトの先輩が異動するとの事なので
私も後からそちらのバイト先に行く事になりました。
すると、その新しいバイト先には凄く綺麗な1つ上の女の子が居ました
私はもう一目惚れで、毎日バイトが楽しくて仕方なかったです
12/24クリスマスイブにそのバイト先の先輩の家でクリスマスパーティーをする事に…
あとから、その女の子も参加するよ!との事でした
途中電話があり、何時頃に着きますと…
私は、アパートの下で寒い中タクシーを待ち、タクシーが着くと運転手さんにさっとお金を渡しました…
多分、彼氏と会ってた感じでした。
先輩の家から彼女の家までは歩いて20分ぐらいのところにあり、送って行く事に…
私から手を繋いで歩いて彼女を送って行く途中で意を決っして…
俺のところにおいでよ!と…
すると彼女は…大晦日に彼氏と別れてくるから
先輩の家で待っててと…
そして大晦日の日… 待ってても彼女からの連絡はありませんでした…
それから彼女もバイトを辞めてしまいました
いつもバイト先の近くに海があったのでよく立ち寄ってました…
当然振られてからも…
PAINの思い出は砂に書いた文字のようにあらわれてく…波打ち際…
そして、私もバイトを辞めました
たった数ヶ月の事ですが、未だにそのバイト先やその海に行ってます
バイト先はすでにありませんが商業施設は残ってます
あれから色んな恋愛をし…今は家族にも恵まれてますが、あの数ヶ月だけは未だに忘れる事はなく、PAINと共に心に残ってます。