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浜田省吾
1番多感で難しい年ごろ、
17歳の女の子の心情を、さらーっと曲にされた省吾さんはすごいなぁって思いました。
最初にラジオから聴いた時には、思わず笑ってしまいました。
本当にドンピシャリ。「今すぐこの街出たいけど
行きたいところが見つからないのさ〜」「食べたいものはあるよ
瓦礫だとか石ころなのさ〜」「あたいは誰にも指図をさせない〜」
大好きでよく口ずさんでいました。
とても懐かしく思います。
み〜にゃん
2024/09/12
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浜田省吾
19歳の時、バイト先のみんなでドライブに出かけた。気になってる人の車で聴いた🎵マイ ホーム タウン🎵秒殺だった。それからは、気になってる人と、もっともっと気になる『浜田省吾』さんの話をするのが嬉しかったし、楽しかった。
その人は、同じバイト先の子と結婚し、翌年私も結婚して疎遠になった。
41年前の、あの時あの人の車に乗っていなかったら、省吾さんにも出逢えてなかったのかも知れない。出逢ってても、もっと後になってからなのかも知れない。
🎵マイ ホーム タウン🎵を、聴くと思い出します。
ゆうこ
2024/09/12
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浜田省吾
高校1年の時から付き合っていた彼は2つ年上の先輩。
彼が卒業して大阪の大学に行ってしまったので遠距離ではないけど余り会えなくなって手紙とたまに帰省した時のデートだけになった。なんとなく離れたり戻ったりしながら付き合いは続いていた。
そして大学を卒業してやっと地元に帰ると思っていたのに彼は音楽でプロを目指すため今度は横浜に行ってしまった。彼には夢を叶えて欲しいと思ったけど少し淋しかった。
彼が横浜に行って半年くらい経った時彼に会いに行くことにした。
横浜の街を案内してもらったり、バイクに二人乗りして走ったり楽しく過ごしていざ彼の部屋へ…
結構長く付き合ってはいたけど実はキスさえもしたことがなかった。
初めて彼と過ごす夜少しは期待してドキドキしていたのに結局なにもなかった。
ただ彼は私の好きな省吾さんのレコードをずっと繰り返しかけてくれて、二人で朝までそれを聞いていた。翌日地元に帰った私は彼の気持ちがわからなかった。
「私のこと好きじゃないの?」
聞きたいけど聞けなかった。今では信じられないくらいピュアな想い。
甘酸っぱさと、ホロ苦さと、少しの苛立ちと瑞々しい可愛い思い出。
かよ💕
2024/09/11
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浜田省吾
省吾さんの出会いは中学生の時カセットテープ📼時代少し伸びてしまっいた曲を聴いた🎵
それからCDを買える様に成り改めて詩の感性や声が好きに成り省吾さんのオーディエンスを大切にして下さってる事にラブを感じて…。
コロナ前に[家路]と言う屋号で川崎市でお店をオープンしました。オープン2年目でコロナに巻き込まれて…大変でしたが何と営業しています。
遠方から来て下さる省吾さんファンの方と、おしゃべりしたりカラオケしたりと楽しい時間を過ごしています。
省吾さんの言葉じゃないですが
見つけてくれて、ありがとう、と感謝しながら[家路の屋号を汚す事なく誠意を持って一日でも永くファンの方に愛される様に営業して参りす。
省子ママ
2024/09/11
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浜田省吾
OL1年目の私、少し仕事には慣れて来た12月の中頃
でした。仕事帰りに立ち寄った街中の長崎屋、上りのエスカレーターに乗っている時流れた曲の歌詞が耳から離れなかった、、
「もうこれ以上走れないよ、そう叫びながら走り続けてる」なにコレ⁈18歳の私には、哲学風にも感じられた歌詞、、だけどいったい誰が歌う、なんの曲かは今から45年前の地方都市では調べるすべもなく、
その歌詞がグルグル頭の中を巡り、時に紙に書き出し、ながら1979年は暮れていきました。明けて1980年割といろいろな音楽を聴いてた私は
モコさんこと高橋素子さん、の音楽番組を毎週ラジオで聴き、ラジカセで録音してました。
1月中旬だったと思う、いつもながら聴いてた番組、今日はスタジオライブです〜さぁ3曲目?だったかな
、あぁ良い曲だなぁ〜と聴いてた耳に
「もうこれ以上走れないよ、そう叫びながら走り続けてる」が飛び込んできました⭐︎
いったい誰?えっ浜田省吾⁈
それから繰り返し青春のヴィジョンを聞いて
その日知った浜田省吾さんをその日からずっと
夢中で追いかけてます。
ずっとON THE ROAD
2024/09/11
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浜田省吾
子供の頃から健康だけが取り柄だった私が
ある日交通事故で大怪我して足に大きな障害を
負ってしまったり、あるときは頭の中の
血管異常で急に倒れて
病院に運ばれて緊急手術したり…
それでも不死鳥のようによみがえり
復活をとげてきたのですが
数年前にお腹の中に悪性腫瘍がある事がわかり
その時ばかりは『もうダメだ…』と限界を
感じていました。ヒトはいつか死ぬのが宿命でそれが
私はそれがみんなより少し早いだけ
なのかもしれない…
そのときに突きつけられた偽りのない現実です。
その時にたまたま聴いていた省吾さんの家路が
胸に突き刺さったんです。
この命が尽きた時に『帰る場所』に行くときに
この歌を聴いて逝きたいと…
夫や兄姉には今際の時や出棺する時には
家路を掛けて見送ってほしいと伝えてました。
『何言ってんの?!』と言われましたが
偽りのない本心でした。あれから6年…変わったことはたくさんあるけど
今現在、転移も再発もなく過ごしています。
そして省吾さんを通じて新たな友人も増えました。
そんな中でファンの方がひとりで開いている
あるお店を友人が発見しました。
ひとりですべて手作りのお惣菜を作って
地元のお客さんが多く通う小料理屋さんです。
ある時に友人に誘われ何気なく行ったのですが
そのオーナーさんの作る料理を食べて
ふと感じたのが、亡くなった母の料理の味に
よく似ていたのです。
もう少し、ここのお料理食べていたいな…
素直な私の思いです。今の家路は『その時』ではなくて
オーナーさんのお店へ行くときに
駅からの道をイヤホン越しに
省吾さんの家路を聴きながら
『どんなに遠くてもたどり着いてみせる』と
自宅からは近くはないお店へ行く
ワクワクするような気持ちで
夕暮れ時にバスに揺られて聴いてます。
今では、オーナーさんのお店は
私の第二の実家となりました!あの時は生きる事を少しだけ諦めていた部分も
ありますが、今は違います。
夫はもちろんのこと、大切な『浜友』さん達と
今あるこの時を楽しくみんなで笑って
そして、今しかないこの時を
大切に有意義に過ごしていきたいと思っています。
らんちゃん
2024/09/11
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浜田省吾
中学生の頃、ひとつ年上のバスケ部の先輩に恋をしていました。
思い切って告白したところ、交換日記をすることに。
毎日のなんでもないようなことを綴る交換日記は、私の母に見つかり終わりを告げました。ほんの3ヶ月の幸せでした。
高校生になり、下校時、最寄り駅からの帰り道、偶然、先輩に出会い一緒に帰る事に。
なんだか恥ずかしくてあまり話せませんでしたが、最近、浜田省吾を聴いてるんだけど、知ってる?と聞かれ、首を横に振った私に、プロミスト・ランドをダビングして郵送してくれました。それについていたメモに5曲目が好きなんだと。
今も変わらず君だけを愛している私達は結ばれることはありませんでしたが、最近、SNSでお互いを見つけ、再会することができました。あの時、本当は告白したかったんだと言われて、私の初恋はやっと実を結んだ気がします。
ゆみ夢羽
2024/09/11
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浜田省吾
青春を思うと、全ての出来事に浜省の曲が付随してくる。
あの時はあの曲、あの彼とお付き合いしていた時はあの曲…
多感だったあの頃は、一つ一つ思い出は鮮明。
浜省も全盛期だったから、コンサートのチケットを取るのも、血眼で…学校をサボってまでも電話しまくり、旅行でも行った事もないあちこちの会場に行った。
この曲はずっとバイブルのような大事なもので、コンサートツアーで行った沖縄の浜辺でウォークマンで聴きながらホテルには帰らず、朝を迎えた事は忘れられない。
昨年、1988の渚園での伝説のコンサートが映画館で公開され、曲が流れるとその時のその場の風、匂い…全て思い出せる。自然に涙が溢れ、そう…あのときは気持ちいい風がふいていて…興奮して夜は眠れなかったな。
結婚して子育てして…しばらく遠のいて…
昨年のこれをきっかけに再びファンクラブに入って…
また浜省の曲と声にドキドキ…癒される日々。
人生で立ち止まる事がある時に、必ずバックミュージックに流れていた曲…君が人生の時…
emico
2024/09/11
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
中学生から大好きで色々な時に支えてくるた省吾さんの曲。26才で母に…子育てしている時も省吾さんの曲が家で、いつも流れ出る生活。息子が中学生に成り家族でアリーナに参加。そんな息子も社会人に成りくるまで省吾さんの曲を聴きながらドライブする様に成り息子の友人も省吾さんの曲を好きに成ってくれて…
息子の友人達とライブ参加した時間が嬉しく成りました。 そんな息子も省吾さんの信者(会員)に成りました〜