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生まれて初めてのライブは、海の中道の野外ライブで、15歳の夏でした。
天神から海の中道までの臨時バスの中からもうみんなの一体感がすごくて、とても楽しかったのを覚えています。
そしてライブ。
土曜の夜と日曜の朝 のイントロのとこで、あー私の好きなうた!と言ったら、まわりのおにいさんおねえさんが、よかったねーおめでとーと拍手してくれたんです。
なんだか私のために歌ってもらうような気がしてうれしかった。
当時の私は、この歌をきくと、なぜだかまぶしいような、励まされているような気持ちになったものです。暗い環境で、色々なことに絶望して育った私にとって、おにいさんおねえさんに囲まれてわくわくしたあのライブはほんとに楽しかった。
こんなふうに懐かしく思い出せるいま、ちゃんと大人になれた‥生きててよかったと思います。
ゆきこ
2024/08/07
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20代の頃、私は某大学の通信教育部に籍を置いていました 時代は80年代、バブル真っ盛り 地方の短大を卒業し地元で就職した私にとって、夏に行われるスクーリングは一大イベントでした そして彼に会えるかもという期待もありました 彼とは前年のスクーリングで知り合い意気投合 彼も地方出身者でしたが東京で就職し大学に通っていました メールも携帯電話もない時代 私たちは文通と時々の電話で連絡を取り合いました
スクーリング最終日、参加した飲み会に彼も来ていました 会がお開きになり皆が三々五々帰って行く中で、彼と私は一緒に駅への道を歩いていました 何を話したのか今はもう覚えてはいませんが、このまま別れたくないなあ、と思いながら歩いていたと思います 駅は目の前なのに私たちは市ヶ谷橋の上で、ずっと電車が通り過ぎるのを見ていました どのくらい経ったのでしょうか 隣で「一緒に来る?」と言う声が聞こえました
待っていた言葉だったはずなのに私は首を縦に振ることができませんでした 彼は私の反応を確かめると「おやすみ 今日は楽しかった」と駅に向かって去っていきましたこの歌を聴くと、あの時の情景を思い浮かべてしまいます
しま
2024/08/07
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浜田省吾さんの曲を知ったのは23才の時。
幼馴染で友達だった初恋の人からもらったカセットテープに入っていた『BREATHLESS LOVE』。
とても気に入ったので『Wasted Tears』を買って、彼女とドライブに行く時に毎回聴いていた。その流れで浜田省吾さんのアルバムをたくさん聞くようになった中で『少年の心』に出会った。
本当は狂おしいほどに恋しているのに、親友の妹で幼馴染の彼女との関係を壊すのが怖くて、何も言えないまま…友達のままで毎週のように家に遊びに行ったり、二人でドライブしたりしていた。
だから『少年の心』を聴くたびに…このままずっと、何も言わずにそばにいるから…そう自分に言い聞かせていた。
ドライブの帰りに、夕焼けをバックに助手席で無防備に寝息を立てる彼女。悲しいくらいに俺の中で歌の歌詞とリンクして泣きそうな気持ちになった。今でも『少年の心』を聴くたびに、初恋の彼女のことを思い出す。
そして、狂おしいほどに彼女を愛していた自分自身の気持ちを思い出す。最終的には俺のせいで初恋の彼女との関係は壊れてしまったけれども、あんなに長い間一人の人を好きになって強く強く片思いをした時間は、まさに青春そのものであり、俺の心の中の宝物だ。
そう。誰にも見せることのない、大切な宝物。
後日談だが、今でも俺は浜田省吾さんの歌が大好きでツアーには毎回参加している。
が、実は今の嫁さんは俺以上に浜田省吾さんの大ファンで、気がつくとファンクラブの会報を繰り返し読むほどの熱狂ぶり。そんな嫁さんと穏やかで最高に幸せな人生を送っている。
宝物は心にそっと秘めたまま。
ふーやん
2024/08/07
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平成が幕を開けたばかりの学生時代、部活に出入りしていた歳の離れた先輩に恋をしました。彼が省吾さんのファンだと知り、彼と話す時に「私も省吾聴くよ!」と言いたくて一生懸命曲を聴き込むうち、元々が音楽大好きな私はきっかけはさておき、すっかり省吾さんにハマってしまい、そのまま現在に至っております。
さて、片想いが1年半ほど続いた頃。クリスマスイブの昼間も普段通りに部活に励んでいたところ、その日来ていた別の先輩から突然「今晩空いてるかって、あいつが言ってたから電話してみな」という思いがけない伝言が届きました。「あいつ」とは、私の好きな彼…
(ここまで何の進展もないのに?!しかも今日はクリスマスイブだけど?!)と、人生最大級の緊張感とともに電話をしてみると「メシでも食いに行くか?」と言われ、夕方待ち合わせをすることに。(クリスマスイブに好きな人から誘ってもらった!)と天にも昇るような気持ちで彼の車の助手席へ。カーステレオから流れるのは省吾さんの曲だけ。一緒に歌ったり、省吾さんの話もたくさんして。
ボウリング場でひと遊びしてから食事をして、後は家まで送ってもらうだけ…(こんな夢のような時間、終わって欲しくない!)と複雑な心境の中、流れていたのは「Wasted Tears」の中で私が一番好きな曲「MIDNIGHT FLIGHT-ひとりぼっちのクリスマス・イブ-」。オレンジの灯がともるバイパスを走りながら♪降りだした みぞれ混じりの 雨が雪に変わってゆく…♪というフレーズが流れたと同時に、窓の外にサッと雪が降ってきたのはあまりに出来すぎたシチュエーションで、今でも忘れられません。
その彼とは結局、お付き合いなどに発展することは後にも先にも残念ながらなかったけれど、片想いのままだったからこそ素敵な記憶としてずっとずっと大事にしてきました。
そして、いつまでもこの曲を聴くたびに必ず思い出す、淡い恋物語でした。
とうろく
2024/08/07
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その人は、自分が高校1年生の時、烏丸せつこのラジオに『ON THE ROAD』を引っ提げてゲスト出演して来た。『“ギターを抱え”の時に本当にギターが落ちそうになった』と言う『Midnight Blue Train』のエピソードは今でも覚えてる。まさかその人がその後何十年も自分のヒーローになるとは…
その3年後、自分は高校を卒業した1年目。その年発売になった『DOWN BY THE MAINSTREET』 のレコードからカセットテープに録音。初めて買った車にそれを積んで友達2人と広島へ。
西広島バイパスで『DADDY'S TOWN』を"このバイパスのことかな?”って思い、大声で歌いながら走ってた。それから40年後の今年、40年振りに走った西広島バイパスでスマホにダウンロードした『DADDY'S TOWN』をBluetoothで聞きながら走った。家内が横で寝てたので大声は心の中で。
時代は変わったけど素晴らしい曲は時代を超えていた。
自分の気持ちは"19のまま"だった。
F.mitsu
2024/08/06
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最初の浜田省吾さんとの音楽の出会いは、TVで見ていたカップヌードルのCMかTVの夜のヒットスタジオ。当時は中学生。しかし、当時は洋楽ブームで、全然興味なし。高校生の時、バイトのお金で、初めて浜田省吾様のアルバム「PROMISED LAND〜約束の地」をレコード店で見つけ、カセットテープで購入。当時はレコードもありましたが、家にはレコードプレーヤーはなく、ラジカセで音楽を聴いてました。そのアルバムをかけたら美しい「OCEAN BEAUTY」最後に重なって「マイホームタウン」への移りの瞬間!浜田省吾の大ファンになりました。インストゥルメンタルからロックへ。そして... 「パワーシャベル」「希望ケ丘ニュータウン」「工業地帯」? こんな歌詞は、今までに聴いたことはありません。かっこいい! 衝撃でした。それからずっと大ファンです。
吉田 一雄
2024/08/06
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
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アルバム曲の中で1番のお気に入り曲で当時、飲み仲間とパブスナックに行った時カラオケ用にこの曲を作って歌っておりました😎🎸🎤