この曲に寄せられたエピソード
(45件)-
家路を好きになったのは割と歳を重ねてからだ。
多分、三十代の頃は一番好きな曲ではなかったと思う。
いつの間に好きになったのか今では思い出せないがライブで家路のイントロが流れようなものなら涙腺崩壊である。
なんだろうかあの感情は。ところで、これも割と最近になって趣味になった事なのだが週末によくアートギャラリーに行くようになった。美術館のようなものではなく小さな会場で割と気楽に入れる類のものだ。大概は無料で場合によっては作家さんと会話も出来たりする。作家はなにを考え絵画や写真やオブジェを創作するんだろか。素人ながらに考えを巡らせ作品に向き合ったりするのが最近の楽しみだったりする。
そんな先日、
とある油絵の展示が行われているギャラリーを訪れた時のことだ。作家が北米を旅した時の記憶をベースに描いたという作品は明るい色合いの風景や人物画が展示されていたのだが、その中で会場の一番目立つ場所に大きな風景画が置かれていた。資料によると1167mm×910mmというから中々の迫力である。
こんな構図だ。空は暗くなりかけた青、右上には微かに残る夕焼けの赤、
荒野の真ん中には一本の道路、下から上に続くその道の先は遥か遠く地平線と接する。。。
こ、これは、まるで家路じゃないか。他にも沢山の作品が展示されていたのだが、私はその作品の前から動けなくなった。ずっと見ていた。そして考えを巡らせてみる。ここでは絵画そのものではなく家路の歌詞について考えてみた。
好きな曲だが改めて考えると不思議な歌詞だなと思った。空とこの道が出会う場所は実際にはあり得ない。どこまで行っても接しない。でも、そこに向かって歩き続ける。強い意志を持って。でもそれがなぜに家路なのか。家路って帰る道じゃないのか。前に進む道をなぜ家路というのか。
気が付くと後ろに作家の方が立っていた。
私は聞いた「この赤い空は夕焼けですよね」
「そうです」と作家。
「私の好きな歌にこの絵と同じような情景があるんです」
作家は自分と同年代だった。もしかしてと思い
「浜田省吾の家路っていう曲なんですが…」残念ながら作家の方は音楽には詳しくなくてと言いながら
存じ上げずと困った顔をして答えた。そして、おそらくは
リップサービスだとは思うが今度探してみますと言った。
作家がネットで家路を検索するかどうかは分からないが
浜田省吾ファンがこの絵画を見たら、誰がどう見たって
これは家路だ。作家さんが家路の歌詞に辿り着くといいな。
そんな事を考えながら今このテキストを書いています。
もしかして実はファンクラブ級の大ファンなのかも、
そんな事も考えながら。
ユキシン
2024/09/02
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妻の乳がん発覚から1年後、今度は8歳の長男に脳腫瘍が見つかった。「この人生が何処へ俺を導くのか尋ねてみる」「手に入れた形あるもの やがて失うのに 人はそれを夢と名付け迷いの中さまよう」自分の言い知れぬ不安と、やっと手に入れた家族を失うかも知れない怖さに怯えていた自分に、「どんなに遠くてもたどり着いてみせる」と覚悟を決めさせてくれた。何度も浮き沈みを繰り替えす自分の心を、聴く度に奮いたたせてもらった。12歳で長男は旅立ってしまい、心に埋まることのない空白を抱えた 今もこれからも、「石のような孤独を道連れに 空とこの道出会う場所へ」精一杯歩いていくために、寄り添ってくれるような曲です。
ノモトタカ
2024/08/25
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あれは二十歳の頃。田舎町の大学生でお金はないけどやりたいことだらけ。海辺の町から山に囲まれた大学で、毎日仲間と将来を語り明かしたり、大好きな絵を描いたりしていました。
学園祭のある秋の昼下がり、いつもの坂道を登って、アマチュアバンドのライブ会場に向かっていたら聴こえてきたのが「家路」でした。
FMをエアチェックしてすりきれそうになるまで聴いていた浜省の曲。まだ発売されてさほど日が経っていないのに、浜省かと思うくらいの声、ギターの音色。思わず走って会場に飛び込みました。
今でもときどき口ずさんでいます。もう、おばあちゃんになり、髪も白くなったけど、この曲は大学生の頃のままで歌える数少ない曲です。
まちす
2024/08/12
子供の頃から健康だけが取り柄だった私が
ある日交通事故で大怪我して足に大きな障害を
負ってしまったり、あるときは頭の中の
血管異常で急に倒れて
病院に運ばれて緊急手術したり…
それでも不死鳥のようによみがえり
復活をとげてきたのですが
数年前にお腹の中に悪性腫瘍がある事がわかり
その時ばかりは『もうダメだ…』と限界を
感じていました。
ヒトはいつか死ぬのが宿命でそれが
私はそれがみんなより少し早いだけ
なのかもしれない…
そのときに突きつけられた偽りのない現実です。
その時にたまたま聴いていた省吾さんの家路が
胸に突き刺さったんです。
この命が尽きた時に『帰る場所』に行くときに
この歌を聴いて逝きたいと…
夫や兄姉には今際の時や出棺する時には
家路を掛けて見送ってほしいと伝えてました。
『何言ってんの?!』と言われましたが
偽りのない本心でした。
あれから6年…変わったことはたくさんあるけど
今現在、転移も再発もなく過ごしています。
そして省吾さんを通じて新たな友人も増えました。
そんな中でファンの方がひとりで開いている
あるお店を友人が発見しました。
ひとりですべて手作りのお惣菜を作って
地元のお客さんが多く通う小料理屋さんです。
ある時に友人に誘われ何気なく行ったのですが
そのオーナーさんの作る料理を食べて
ふと感じたのが、亡くなった母の料理の味に
よく似ていたのです。
もう少し、ここのお料理食べていたいな…
素直な私の思いです。
今の家路は『その時』ではなくて
オーナーさんのお店へ行くときに
駅からの道をイヤホン越しに
省吾さんの家路を聴きながら
『どんなに遠くてもたどり着いてみせる』と
自宅からは近くはないお店へ行く
ワクワクするような気持ちで
夕暮れ時にバスに揺られて聴いてます。
今では、オーナーさんのお店は
私の第二の実家となりました!
あの時は生きる事を少しだけ諦めていた部分も
ありますが、今は違います。
夫はもちろんのこと、大切な『浜友』さん達と
今あるこの時を楽しくみんなで笑って
そして、今しかないこの時を
大切に有意義に過ごしていきたいと思っています。