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浜田省吾

浜田省吾

1952年生まれ、広島県出身。

1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。

デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。

代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。

現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。

Shared Episodes

みんなのエピソード

(1348件)
  • 深夜放送で流ていて好きになった。

    西岡忠 2025/02/18
  • 浜田省吾

    親の影響で初めて聞いたアルバム曲の中で
    今でも聞いている曲です!初めて聞いた時ちょうど角島向かっていたときでテンション上がってました✨

    みるぅさ 2025/02/18
  • 浜田省吾

    還暦をきっかけに断捨離を始めた。

    押し入れの奥に、手紙の束、昔、省吾さんフアンとやり取りした手紙の束を見つけた。
    その中に、「僕の好きな歌」 -家路-という、友人主催の同人誌に寄稿した(と思われる)文章の下書きが出て来た。
    文書の最後の日付は1989年5月11日とある。
    拙い文書だが紹介しようと思う。(基本原文 ダブリの内容は略、少しわかり箇所は訂正済)

    (寄稿文)
    僕の好きな曲のタイトルで いざ原稿を書こうと思う。結構難しいですね。あの歌も、この歌も好きだし、すべての歌にその時々思い出が入っているし(中略)
    今回は「家路」について書こうと思う。

    「家路」を聞いたのは、丁度高校の1年の冬 それまでの「君が人生の時」「MIND SCREEN」といった、少し甘口のアルバムから「ガラ」と変化した「HOME BOUND」の中に入っていた詩。
    あの頃の省吾さんって「陽の当たる場所」にその頃の彼の状況が詳しく書かれてあるけど、「何も失う事がない」「もう何もいらない」「中途半端な名誉も成功もいらない」そんな思い切りの形として家路を歌っていると思う。

    「どんなに遠くても辿り着いてみせる・・・(略)」自分の夢見た場所へ歩いて行こう。絶対に辿り着いてみせるんだ という、凄い力強い意志にあふれている 。今まで あまり物事を言い切らなかった彼が。

     その頃の自分は、その年何とか高校受験に成功したものの 希望した学校とは違い、何ランク下の学校に何とか滑り込んだというのが実情だった。
    毎日の学校生活が嫌で嫌で、夢や目標など無くて、ただ世間体の為だけに学校に通っていた。
    「これからどこへ行くんだろう。どうなるのだろう」そんなこととか考えながら毎日を過ごしていた。
    そんな時に励ましてくれたのがこの歌、詩で、特に「どんなに遠くても辿り着いて見せる」の歌詞だった。
    好きな人が頑張ろうと言っている。自分も頑張ろうと思った。そんな曖昧な記憶がある。

    ただ、本当の意味で(略)崩れそうな自分を支えてくれたのは、高校を卒業して希望の会社(定年まで勤め上げた会社)に入社した後だった。けれど配属は、自分の希望職種と180度反対の、「この部署だけには行きたくない」と思った部署へ配属させられた。

    会社を何度辞めようと思ったし、実際他社へ試験受けに行ったし、「どうにでもなれ」と自暴自棄になった。そんな状況が、長く続いた。(中略)
    くじけそうになった時、全部放り投げだしてどこか遠くへ逃げ出そうと思った時、その一歩手前で、この詩の
    「どんなに遠くても・・・」という歌詞を口ずさむことによって 自分を支えてくれたのがこの詩だった。

    「HOME BOUND」のー家路―で、省吾さんが自分自身に言い聞かせ、励まし、それを踏み台にして
    「愛の世代に前に」「PROMISED LAND」と続け、今の彼があの時希望していた場補へ到達しようとしているように、自分も「家路」を口ずさみながら 省吾さんと同じように自分の希望した場所へ一歩でも近づけるように努力しようと思う。

    (略)色々な意味で、この「家路」が大好きです。
    何より、イントロのピアノの音がとても綺麗で心にしみる。 (終)

    詩の中で彼は「頑張れ」とは一言も言わない。
    けれど、「家路」は自分にとっての人生の応援歌。魂を揺さぶってくれた詩。
    今、寄稿文を読み返しても、-家路-は その時々の自分の背中を押し続くれた。
    寄稿文を書いた36年後の今も、そのことは何一つ変わらない。

    ペンとパン 2025/02/09
  • 1982.1.12 日本武道館でのライヴ1曲目「壁にむかって」からアンコール「ラストダンス」までの音源を是非CD発売して欲しいです。

    曲と省吾さんのMC全部聴きたいです。

    高野 まい 2025/02/05
  • 浜田省吾

    半年ぶりです
    今まで使っていたスマホが古過ぎてエモノートが閲覧できなくなってました
    過日漸く機種変したので、久しぶりにエモノートを開きました

    昨年9月高崎(群馬)と先月の名古屋と2回浜省さんのファンクラブイベントに参加できました
    そのアンコール前のラストソングが「初秋」でした
    私も一緒に行った女房も、感動の坩堝の中、静かに心のなかで“大絶叫”でした
    浜田省吾さん、本当にありがとうございました

    zappi-kun 2025/02/04
  • 浜田省吾

    若かりし頃、カラオケで歌ったな〜

    zackn 2025/01/30
  • 正に15の時、この曲を聴いてギターを始めました。
    あの時のエレキギターはもう無いけど、アコギはまだ鳴らしてます。

    アッシー 2025/01/13
  • 遠い昔、リマスター版をCDショップで試聴し、イントロからやられました。浜省はリアルタイムでは無かったけどこの曲をきっかけで、また当時の会社の先輩がカラオケで歌ってるのを見て聴くようになりました。

    たけ 2025/01/12
  • 若い頃、当時の彼女(現在の鬼嫁)と夜から海に向かったのを思い出す。

    ささ 2025/01/11
  • 中学の頃、兄貴の部屋から、良く流れていて、留守の間に、レコードを流して初めて聴いて、歌声と曲に、衝撃を受けて、ファンになりました。

    宇品幸治 2025/01/01
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