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私が初めて浜田省吾さんの楽曲に触れたのは今から34年前の中学3年生の時でした。
昨年、若くして病気で亡くなった兄に紹介してもらったアルバムWASTED TEARSでした。
その中に収録されているMidnight Flightを聴いて浜田省吾さんの声にとても感動しました。
それからファンになり今も聴き続けております。
浜田省吾さんを紹介してもらった兄に感謝しております。
ありがとう!
まっさん
2024/09/29
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浜田省吾
ON THE ROAD22 の 「ON THE ROAD」
勤めている会社には、著しい活躍・成果を残した社員を会社が表彰する制度がある。
仕事をしている以上,会社員でいる以上, 一度は獲得したい「賞」 表彰時にもらえる副賞の現金は勿論・何よりも自分がしてきたことを客観的に肯定されたくて。当時、タイミング・長年の積み重ねなどがマッチして、(会社も強く望む)取引皆無に近い有名上場企業との新規大口取引実現。
上長の表彰申請を経て、表彰をもらえるものだと思い込んでいた時、解せない理由で申請却下の知らせを受けた。
「?」 結局明確な落選理由教えてもらうこともなく、その後腐った日々過ごしていた。そんな腐っていた日々の中で ROAD22に参加。
ライブお気入りの詩ばかり。後半からは、腐って日々を過ごしている自分に 「まだまだ。そこで腐ってないで」と省吾さんから叱咤激励される曲が続けて演奏された。特にその中での 「ON THE ROAD」
[この道の彼方 約束されたはずの場所があると 信じてゆきなよ もう一度 孤独に火をつけて」今迄何回も聞いた歌の歌詞が、「すー」っと 自分の心の空いた場所に入り込んでくる。
「そうなんだよな。自分にはこの先、約束された場所があるんだ。こんなところで腐っていても・・・」翌日からもう一度気持ちを持ち直し、更に努力した。
「約束された場所が自分にはあるんだ」と自分自身に何度も何度も言い聞かせて何度も言い聞かせて。その後、申請却下された内容に、更にプラスした成果(実績)を上乗せして再度申請してもらった。
今度は、無事申請が通り、却下されて1年後 無事に表彰されることになった。腐っていた自分を立ち直りさせてくれて、もう一度歩き出す力を与えてくれた 大事な一曲。
ペンとパン
2024/09/21
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浜田省吾
大変申し訳ありません。
曲目を一個ずれていました。
以後、確認をきちんとします。この曲…
中学生の頃の友達の失言が
プレイバックします。
私は姉の影響で
省吾さんが大好きに。
ある時、私の部屋で友達と一緒に、
省吾さんの音楽を聴いてると、
友が
「あぁ~、この人って
WowWow言う人やんなぁ?」
???👀
「それだけちゃうわぁ~⤴️」
「えぇー!でも大概WowWowWowWowしか言わんやん!」
「そんな事あるかぁ~⤴️」
どんな認識しとんねん🔥省吾さんに対して、
中学生とは言え、(うん10年前💦)
なんとも失礼な、無礼な、
友達を許して下さい。
最近、久しぶりに聴いて、
思い出しました。
KAGOME
2024/09/19
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浜田省吾
この曲…
中学生の頃の友達の失言が
プレイバックする。
私は姉の影響で
省吾さん大好きに。
ある時、私の部屋で
省吾さんの音楽を聴いてると
「あぁ~この人って
Wow Wow言う人やんなぁ?」
???👀
「それだけちゃうわぁ~⤴️」
「えぇー、でも大概WowWowWowWow
しか言わんやん!」
「そんな事あるかぁ~⤴️」
どんな認識しとんねん🔥
省吾さんに対して
なんとも失礼な、無礼な、
友達を許して下さい。
最近、久しぶりに聴いて
思い出しました。
KAGOME
2024/09/19
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浜田省吾
父親がずっと浜田省吾さんのことが好きで、お陰様で産まれる前からから浜田省吾さんが大好きな25歳のファンです。
「夏の終り」は、PVを見てすごく楽しそうに演奏さてれる&リズムがPOPなので、小さい頃は歌詞の意味が深く分かっておらず、ずっと楽しい曲だと思ってました。
父親に、「夏の終りの曲、楽しいから好き」って伝えると、「歌詞よく読んだか?」と言われ、改めて意味を考えながら読むと、全く反対でした!
この事に、衝撃を覚えてからはずっと心に残ってる曲です。
また、2022年に人生で初めて浜田省吾さんの広島公演ライブに行き、12月だったので流れないだろうと思ってた「夏の終り」が、まさかの流れて、すごく感動しました。
「果てしなく続くON THE ROAD」のように、人生はまだまだ長いです。大切な人のことを傷付けてしまう時がもしかさしたら来るかもしれませんが、はたまた傷つけられるかもしれません。この先の分からない人生を楽しんで行けたらなと願います。
ゆりえってぃー
2024/09/19
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浜田省吾
父親がずっと浜田省吾さんのことが好きで、お陰様で産まれる前からから浜田省吾さんが大好きな25歳のファンです。
「家路」の曲は、私にとって小さい頃からとても印象が深い曲です。
歌詞の「どんなに遠くても辿り着いてみせる」「空とこの道出会う場所へ」の意味が自分が少しずつ大人になるに連れて、変わってきてます。
小さい頃は、部活動や勉強などに打ち込んだり、綺麗な青空のイメージでしたが、今は少し大人になって、仕事でのやりがいだったり、様々な事で悩む事が多々ありますが、人生はまだまだ長いから、悩む事も含めて人生の旅を自分のペースで歩んでいこうと、捉えるようになりました。
また、バイクが趣味で以前父親と阿蘇山へツーリングした時に、果てしなく続く青い空と真っ直ぐな道を初めて見て、「家路」の曲が頭の中で流れました。
この先、30代、40代と歳を重ねるに連れて、「家路」の捉え方がきっと変わってくると思います。
人生をかけて、「家路」の曲を想いながら楽しんで行けたらなと願ってます。
ゆりえってぃー
2024/09/19
浜田省吾
1952年生まれ、広島県出身。
1975年、ドラマーとしてデビューし、翌1976年ソロデビュー。
デビュー当初からライブを活動の中心に置き、1982年には自身のツアーを“ON THE ROAD”と名付け、数多くのツアーや大規模野外コンサートを成功させ、1998年からは4年がかりで世紀をまたぐ全196公演・延べ動員数約60万人という他に類を見ないロングツアーを敢行するなど、常に変わらないスタンスで活動を続けている。
代表曲は「悲しみは雪のように」(1981年)や「もうひとつの土曜日」(1985年)、「片想い」(1978年)などの名バラードの他、「J.Boy」(1986年)、「Money」(1984年)、「路地裏の少年」(1976年)など多岐にわたる。シングル「悲しみは雪のように」、アルバム「J.Boy」はそれぞれオリコン・ウィークリーチャートで1位を獲得、2000年にリリースされた初のベストアルバム「The History of Shogo Hamada “Since 1975”」は150万枚を超える大ヒットとなっている。
現在までにオリジナル/ベスト盤を合わせて35枚のアルバムを発表している。
Shared Episodes
結婚したら普通に子供は出来る物と思ってた私。友人からは子供が産まれた知らせの写真付きの年賀状が届き、不妊治療を開始するも、2度の流産で身も心もボロボロになりました。
夫の両親と同居生活なのに、病院に1度も見舞いに来ない夫の両親。
環境を変える事を勧められ、会社の社宅に入りました。
しかし、夫が、突然のリストラにあい、もう1度、夫の家に入る事になりました。いつも、厄介な事に見舞われて来る度に、この曲をお風呂で歌いながら、乗り越えて来ました。
コンサートで聞く度に、自然と涙が出てくるんです。