-
佐野元春の「DOWN TOWN BOY」を初めて聴いた時に、これは僕だ、とすぐ思った。ここで歌われている少年はまさに自分のことだと。
オールナイトムービー入口の前では
くわえ煙草のブルーボーイ
たったひとつだけ残された
最後のチャンスに賭けているこの部分をレコードと一緒に歌う時、もしくはライブで歌う時に沸き起こる既視感。僕は煙草を吸わないし、深夜映画にも出かけたことがないけれど、心でいつだって呟くのです。そうなんだよ元春、僕もブルーボーイだったんだよ、って。
僕にとって「DOWN TOWN BOY」は、若い頃に頼りなく強がって心細かった自分に、一瞬で引き戻されるタイムマシンで、音楽を聴きながら本当に落涙してしまう数少ない一曲です。
さすがにくり返し聴いてきたおかげで、今では聴いて泣くこともないけど、ライブで歌ってくれた日にはダメです。ボーイフレンド、ガールフレンド、大切なマイフレンド辺りからダーダー泣いてます。
マシス
2025/04/22
-
高校生の時、ある理容店に行きました。
そこでたまたまラジオから流れたのがこの曲。
当時流行していたポップスとは明らかに違う、独特なボーカルとメロディに一発でやられました。
そこから40年近く、ずっと聴き続けています。
あの日あの時間帯に髪を切りに行っていなければ、人生は変わっていたかも知れません。
ナポレオン・フィッシュ
2025/04/22
-
中学生の頃、部屋で寝そべってラジオを聞いていたら突然流れてきた日本人のラップ(その頃はラップやヒップホップと言う言葉すらしりませんでした)に飛び起きそこら辺にある何を録音していたか不明な大事なカセットテープをラジカセに突っ込みRECボタンを押した。その曲が終わるやいなや友人の所に自転車を立ち漕ぎし2人で繰り返し聞いた曲です。次の日にとなり町まで1時間かけてレコード屋に行って買ったVISITORS。そこから遡って過去の作品を聞きまくりました。今年のライジングサンロックフェスティバルで友人と再会をし元春を目に焼き付けに行きます!
take
2025/04/22
-
あれは1980年の冬のこと。当時高校1年の私は竹内まりやさんと松原みきさんがとても大好きで、二人のライブを片っぱしから観に行っては、ライブ終わりには楽屋待ちをして、まりやさんやみきさんと軽くお話ししてから家に帰る生活を送ってました。そんなある日、松原みきさんの楽屋待ちしてるときにファンの一人が「カステラムーン(松原みきさんのバックバンド)の伊藤銀次さんが今度、佐野元春っていう新人のライブにも出るらしいよ」と教えてくれたのが元春さんとの最初の出会いでした。
n.sumita
2025/04/22
-
高校生になり、毎日いろんなことに悩み
孤独を感じながら過ごしていたとき
なんとなく、レコード店でジャケ写をみて初めて
手にしてみた。何度も繰り返し聴いた。知らない世界が広がって、そこからずっと大好きで聴くたびに
初めて耳にした時の気持ちが蘇ります。
おんぷ♪
2025/04/22
-
中学生になりたての頃、テレビアニメを一緒に見ていた友人たちは音楽へと興味をシフトする。テレビの歌番組から流れてくるのは大人の色恋ばかりで、傷付きやすい思春期の孤独なハートに寄り添ってくれやしない。そんな中ラジオから流れて来たのがこの歌。
歌に励まされたり勇気を貰ったのは「ガラスのジェネレーション」が最初でした。あれから40数年、佐野さんが書いた数多の歌は、僕の脊髄のような存在になりました。
そしてつまらない大人にならないように、日々戦ってます。
本当にありがとう。感謝してます。
セミマル
2025/04/22
-
どこにでもいるありふれた女性に宿る一瞬の美しさをスケッチするその優しいまなざしに「working girl の応援歌だね」って、今は天国に移住している親友と私とのテーマソングにしていました。
35周年のツアーで、彼女は広島、私は横浜の公演をそれぞれ観に行きました。
そこで不思議な偶然の奇跡が起こります。
彼女も私もまったく同じ最前列の真ん中の席だったのです。それぞれの場所で私たちの応援歌「ジャスミンガール」を聴きました。何だかどうしていいかわからなくなりながら聴いていました。歌い終わったあと佐野さんは「マイジャスミンガール」ってささやいたのでした。
佐野さんは天使かも、と思いました。
natsuco
2025/04/22
-
moto-MLの持ち回り企画で
この街のノイズに乾杯したのをつい昨日思いだして
懐かしんでいたところでした。あの頃の皆様元気にしてますか。
私は相変わらず神戸で暮らしてるけど
ついにあのタイル見つけられなかったですよ...
tomo
2025/04/22
佐野元春
1980年、シングル『アンジェリーナ』でエピック・ソニー(現:ソニー・ミュージックレーベルズ)よりデビュー。日本のロックにおいて言語・音楽・映像等での先進的かつ革新的な表現を追求。DJ・雑誌編集・パーソナルレーベル(M's Factory)展開等の多岐にわたる活動と併せて常にアグレッシヴな発信を続ける。
1992年発表のアルバム『SWEET16』が第34回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。インターネット時代の到来を予見し、1995年に公式ウェブ・サイトを立ち上げ、1998年には国内初のライヴ有料生配信「地下室からの接続」を開催、現在も先駆的・実験的な活動を展開中。
2004年、独立系レーベル「Daisy Music」を設立。2022年、40年間の活動が評価され第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2025年、デビュー45周年を迎え、3月に自身のクラシックスを新世代に再定義したアルバム『Hayabusa Jet Ⅰ』をリリース。7月からは20周年を迎えたTHE COYOTE BANDと共に全国でアニヴァーサリー・ツアーを行う。
1992年発表のアルバム『SWEET16』が第34回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。インターネット時代の到来を予見し、1995年に公式ウェブ・サイトを立ち上げ、1998年には国内初のライヴ有料生配信「地下室からの接続」を開催、現在も先駆的・実験的な活動を展開中。
2004年、独立系レーベル「Daisy Music」を設立。2022年、40年間の活動が評価され第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2025年、デビュー45周年を迎え、3月に自身のクラシックスを新世代に再定義したアルバム『Hayabusa Jet Ⅰ』をリリース。7月からは20周年を迎えたTHE COYOTE BANDと共に全国でアニヴァーサリー・ツアーを行う。
Shared Episodes
もう、30年以上前の確か小学2.3年生の頃です。
朝寝坊得意で、髪はボサボサでも目はTVとバタバタな毎日。
ある朝、CMでグランドピアノにかわいい赤ちゃんに、もう釘付け。練習嫌いでも大好きなピアノの音と赤ちゃんに癒され、しばらくは
ハロ〜サンチャ〜の所だけ口ずさみながら登校してました。メガネのお兄さんが歌っているなぁと思いながら、誰かも気にせず。
年月流れ、色々あった2022年、紅白での佐野さんの歌い方が印象に残り、色々聴いていたら、動画で偶然あのCMを発見💡
45年、歌い続けてくれたおかげで、あのCMのメガネのお兄さんって、佐野さんだったんだと、2年前に気づきました。
本当にどうも有難うございます。
と同時に、あの時
早く行かないと学校遅れるわよ!
と怒った亡き母の愛情も今はありがたいです。