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まだ、佐野元春さんの作品を全て知っていないのですが、今何処の上映会で他のファンの方からススメられて、聴いた昨年。
圧倒的にハートビートのファンの方が多い中、この曲もいいなぁと一曲前の作品。
通奏低音ならぬ高音のドの音が地平線を想像させて、時々波のしぶきが叫び
しぶきが泡に消え、泡のささやきがピアノの音に聴こえ
ポツンポツンと鳴る泡の中に
ハートビートに繋がる想い、美しい未来
虹🌈など、沢山の絵が浮かぶ、そして
ピアノが次の音に響く間の絶妙さ。この間は、楽譜に書いたとしても難しく、演奏のセンスが出る難所。その後、三和音の変化でドが半音上がり、
ハートビートのイ長調の景色に繋がる。絵画になる一つの作品としても成り立つし、ハートビートのイントロともとれる、この楽曲に出会えた事に、感謝してます。
おばさん
2025/05/12
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バンド解散&メンバーとの同棲解消の後もライブ出演が決まってたので。当時私は働いてた歌舞伎町の店が終わるとレンタルドレスを脱いで私服のリーバイスに履き替えて
PHSでメールチェックしながら区役所通りを駆け足でニューアート前を抜けてゴールデン街へ。別れたばかりの元バンドメンバーが始めた小さなバーでライブ主催&主役の友人と時には仲間たちも交えて飲みながら朝までミーティング?ブッちゃけ合戦⁈してましたネ2008年頃。
「また明日…」を店のカラオケDAM(原曲キー)で歌ってたのがその頃です。閉店前のラストソングで「いい曲だねー誰の歌?」と訊かれることが多くてほんっとーにフシギだったのですが
佐野元春ナンバーって当時カラオケになってる曲が他アーティストと比べて少なかったんですよネ!「SOMEDAY」も「アンジェリーナ」も大好きだけど「また明日…」を選曲したのは
(原曲キー)でラクに歌えたから!
キーチェンジする手間が省けたから!
が理由で…ん?
女声の私がラクということはもしかして
男声の佐野さんって実はナチュラルに
超ハイトーンボーカリストだったりするかも⁈
なんて気づいたり(遅)しながら
深夜の歌舞伎町を駆け足で移動してたのが昨日のことのようです。
2022年勤労感謝の日に名盤ライブSweet16横浜の夜公演イキました!はじめてナマで聴けた「また明日…」に大感激!モチロン私も!佐野さんと一緒にめいっぱい歌いましたよ(心の中で)←そんな時代に繋がっちゃうエピソード
ゆきねこ
2025/05/12
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高校生。生物か化学かの移動教室で
理科実験室。
私の隣は角松敏生好きのイケてる女子。
昨日の夜のイケナイ話を私に聞かせる。社会人の彼氏がいるようだ。
私は平気なフリ、笑って軽く見せたりのイケてない女子。実験室の艶々の白い机は落書きのしがいあり。
ダウンタウンボーイの歌詞を書いて会話をしのいだ。
「全てをスタートラインに戻してギアを入れ直している君」ってなんかすごくかっこいい。戻すも何も、私まだ何もスタートしてないんだけど…でもそんなイケてる彼女が中学校ではいじめられていたって噂が流れて。
親友とか言ってた子が「高校デビューとつるんでたって恥ずかしい」って離れていった。
そんなあんたの方が恥ずかしいと思って、軽蔑した。彼女はしばらくして学校に来なくなった。
きっと中学校の時だって、子猫みたいに可愛かったから妬まれていじめられてたんだ。
私が具合が悪くて寝ていた放課後に、保健室に迎えに来てくれた。
青春の自転車2人乗り、私より軽いのによろめきながら自転車を漕いでくれた。ヤンキーなんて似合わない人。あの時の大切なマイフレンド。
どうしてるかな?実験室のダウンタウンボーイには
返事はなかったと思う。
というか、正直覚えていない。
ただ、授業中の困ったおしゃべりに疲れて、今では書けない可愛い字で書いた事を覚えている。
nami
2025/05/11
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息子が小学生だった頃、「お母さんはどうして『佐野元春』が好きなの?」と唐突な質問を。私は思わず「なんでだろうね?」と答えに詰まってしまった。いい歌だなぁと思う歌は沢山あるし、かっこいいと思う芸能人もいないわけではないけどこんなに夢中になれる人はいない。なぜかと考える程答えが迷宮入り、理由はない…のかもしれない。笑
ばーすでい
2025/05/11
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(別IDでの投稿扱いになってしまってるから、
もう一度ちゃんと私の投稿よ、ということで同じ内容を再投稿します。ごめんなさい)それは、衝撃だった。
何が起きたのか、自分でもわからなかった。
ラジオから唐突に、何か今までとは違う邦楽曲が流れてくる。
都会的な風景を彷彿とさせるその曲に聴き入っていると、その人の声はその音楽の中で最高の盛り上がりを伝えるかのようになりながら、
はな
るな"つまらない大人にはなりたくない"
と叫んだ。
私は10代半ばだったと思う。幼少期より、自分でもよく生き延びたなと思うような苦労があったと思う。
そんな私に、このフレーズは、私の意地となった。誰が歌っているか知りたくて、
本屋に走る。
音楽やラジオ番組関係の雑誌なら、
その人の名前がわかるかもしれない。その人の名を、佐野元春、と知る。
あれから30年近く経ち、私の2人の子供達も、
必然的に、ひっきりなしに家の中を流れる元春音楽に親しむようになり、あの、わたしをして、負けるもんかと思わせてくれた、
あのフレーズを小学生で座右の銘としていた。
とくに、そのフレーズについて、わたしからは語らなかったのに、子供達は自分のアンテナで元春音楽を捉えていたのだ。
そう、ロックは世代を超える。そしてそれから20年近く。
あのフレーズに楽曲名を変えて、
新しくなったガラジェネ。こんな感無量な話があるだろうか。
私は、元春のファンで、よかった、と思う。
Masako
2025/05/11
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ガラジェネを初めて聴いたときに勝るとも劣らないくらい身体に電流が走り抜けた。
当時、今よりもっと余裕がなくて、ライブ行くなんて雲の上、新しいCDを買うのも諦めてた。
でもすこしずつサブスクリプションでの音楽配信が始まり、視聴できる時代になっていた。私はこの曲を聴いて、それまで、いろいろ諦めてきたことを悔いた。佐野元春さんだけは、リアルタイムに聴いてくるべきだった。そしてこれからは、借金してでも、子供達をライブに連れて行ってあげようと決めた(ロッキンとビルボはさすがにまだ断念してたけど。)
そして、諦めて聴いていなかったために知らずにきてしまった、1990年代からの音楽を遡り、佐野元春さんがどんなふうに歩んできたか、細かいエピソードまで追いかけた。追いかけようとすると、いろいろ協力してくれる人も現れるもので、とても捗り、4ヶ月くらいは、あたかも30年弱、しっかり並走してきたコアなファンと対等に話し合えるまでに成長した。
この曲に出会ってなければ、まだ諦めていたかもしれないと思うと、こわい。
私は佐野元春音楽から完全に離れたことはないけれど、深追いを諦めていた。その諦めるのをやめたきっかけの曲となり、必然的に当時まだ年齢一桁だった子供達にとっては、佐野元春さんの音楽に大きな影響を受けるきっかけとなった一曲ともなりました。ありがとう、MOTO!
Masako
2025/05/11
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元気だった頃に
「革命は静かに始まっているよ」
この歌詞にシンパシーを感じるの
と話していた友達
4年半の闘病のあと
2024年が始まったばかりの寒い日に
静かに旅立っていきました『今、何処』ツアーの初日、戸田市文化会館
セットリストの中にこの曲がありましたその時、彼女はまだ生きていてくれたのだけど
旅立つ日がそこまで来ているのかもしれないと
覚悟をするような気持ちで聴いていましたスクリーンに映し出された大輪の花を
今も思い出します
ダリアかな「虹の上しか歩かない」
を見事にやり切った彼女の人生と
あの花が美しく重なりました
すごく綺麗でした最近になって
喪失感しかなかった気持ちが
すこしずつ変わってきたように感じます
哀しみが安らぎに変わるまで
もうすこしかもしれない
この曲が寄り添ってくれているから
きっと大丈夫と思っています
natsuco
2025/05/11
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高校に入学して間も無く、友人が貸してくれた「No Damage」。ニューミュージックが好きだった私に「SOMEDAY」以外も絶対良いから!と。これはその1曲目なので、初めて聴いた時の感想を…
えっ、洋楽? 洋楽のカバー? 佐野元春って日本人? 写真は日本人みたいだけど。この人が作詞・作曲なら、どうしてこんな凄い事がTVで話題にならないの⁈
私は何度もアルバムの隅から隅まで何か洋楽に繋がるようなものを探しましたが、どこにも見つからず、(EPIC)ソニーが出してるから間違いないのだろうと思う事にしました。
今思えば、かなり失礼な事ばかりですね。ごめんなさい。でも、それくらいの衝撃でした。
f.ショコラ
2025/05/11
佐野元春
1980年、シングル『アンジェリーナ』でエピック・ソニー(現:ソニー・ミュージックレーベルズ)よりデビュー。日本のロックにおいて言語・音楽・映像等での先進的かつ革新的な表現を追求。DJ・雑誌編集・パーソナルレーベル(M's Factory)展開等の多岐にわたる活動と併せて常にアグレッシヴな発信を続ける。
1992年発表のアルバム『SWEET16』が第34回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。インターネット時代の到来を予見し、1995年に公式ウェブ・サイトを立ち上げ、1998年には国内初のライヴ有料生配信「地下室からの接続」を開催、現在も先駆的・実験的な活動を展開中。
2004年、独立系レーベル「Daisy Music」を設立。2022年、40年間の活動が評価され第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2025年、デビュー45周年を迎え、3月に自身のクラシックスを新世代に再定義したアルバム『Hayabusa Jet Ⅰ』をリリース。7月からは20周年を迎えたTHE COYOTE BANDと共に全国でアニヴァーサリー・ツアーを行う。
1992年発表のアルバム『SWEET16』が第34回日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞。インターネット時代の到来を予見し、1995年に公式ウェブ・サイトを立ち上げ、1998年には国内初のライヴ有料生配信「地下室からの接続」を開催、現在も先駆的・実験的な活動を展開中。
2004年、独立系レーベル「Daisy Music」を設立。2022年、40年間の活動が評価され第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2025年、デビュー45周年を迎え、3月に自身のクラシックスを新世代に再定義したアルバム『Hayabusa Jet Ⅰ』をリリース。7月からは20周年を迎えたTHE COYOTE BANDと共に全国でアニヴァーサリー・ツアーを行う。
Shared Episodes
zepp羽田、ライブ当日は雨。会場内に着席して開演を待っていた時にBGMとしてこの曲が流れてきました。粋な「おもてなし」といった感じですごく嬉しかったです。